[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
聖典引用 板
709
:
金木犀
:2012/05/23(水) 06:39:19 ID:L0Ei6.zw
『秘められたる神示』 谷口雅春先生
君民同治の神示講義(5)
では、神とは何であるかというと、
「無にして絶対であり、一切の主であり、永遠者であり、久遠の主宰者である」とあります。従って神の生命を分かち有つところの「神の子・人間」も「無にして絶対であり、一切の主であり、永遠者であり、久遠の主宰者」でなければならない。その「久遠の主宰者」たる自覚を「生命の外延の世界(社会及び国家)に於いても持つことを要請する」主義が民主主義なのであります。
そこで、その民主主義なるものは天皇制と背反するものであるかの如く説く人もありますが、天皇制そのものが、「久遠の中心者」又は「久遠の主宰者」を要請する「人民の心」の反映として、日本民族の「生命の外延」として存在することを此の神示には次の如く示されているのであります。
「身體も國も共に、観る者(主體)から反映せられる世界(客體)である。観る心の要請が身體に於いては脳髄の存在となり、國に於いては永遠の元首なる、無にして絕對であり、一切の主であるところの天皇の存在を要請するのである。天皇の神聖性は、人間自身の生命が神聖であるところから來る……」
この神示によりますと、観られる対象は、「観る心」の反映であり、その感情想念又は自覚が、対象に移入されて、対象をそのように感ずるのでありますから、吾々が国家に於いても、「変わらざる永遠の中心者」を要請するのは、人間自身の生命に、「変わらざる永遠の中心者」を要請する理念があるからであります。人間自身の生命に、「変わらざる永遠の中心者」を要請する理念がやどっているのは、人間生命をつくった「大生命」(神)御自身に、「変わらざる永遠の中心者」を要請する根本要求があるためであって、そのためにすべての造られたる物には「変わらざる永遠の中心」が備わっているのであります。即ち原子には原子核があり、細胞には細胞核があり、樹木には幹があり、人間及び高等動物には脳神経中枢があり、太陽系統には太陽という「永遠に変わらざる中心」があるのであります。
このような宇宙万物を造った「大生命」の生命を宿し生れている人間の心の中に「変わらざる永遠の中心者」を求める要請が宿っているのは当然のことであります。だから、「観る心の要請が、身體に於いては脳髄の存在となり、國に於いては永遠の元首なる、無にして絕對であり、一切の主であるところの天皇の存在を要請するのである」と示されているのであります。(つづく)
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板