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聖典引用 板

2982a hope:2014/06/30(月) 00:39:44 ID:cEpBaIdo
>>2981つづき)

○善なる子供を育てる子育て

<<本当に善なる子供を育てるには、その子供を本当に自由にしておかなければならないのです。

本当に自由にしておけば、その子供が本当に自発的に内部から善を催してくるのであります。

それは人間の実相は善であり、人格の自由にまかせておいたとき、自然に形の世界にまで「善」が発現してくることになるのであります。>>p169 10行目〜



△「人格の自由」を認めない子育て

<<親があまり規則ずくめにして、厭でも応でもこうしなければなぐるぞというふうに定めまして、その子供が委縮して、我儘をいう余地がなく、外から見ると少しも悪いことをしない、行儀の良い子供ができ上がったとしましても、その子供は善人ではないのであります。

その子供は少しも自由が許されていないから善人ではない、善なる行為をいまだかつて一つもしたことがないということになるのであります。>> p169 1行目〜


<<今までの教育は外部から型にはめて、太鼓饅頭でも焼くような形式に、厭でも応でも一定の方に嵌めるようにしていたのであります。

太鼓饅頭はいかに完全円満で形がマン丸くとも善ではないのであります。あれは善ではなくて、形が正しいというのであります。

なぜなら、あれは外部から丸い容器の中にいれて蓋をして焼いたから、とにかく丸くなるより仕方ない――人格の自由がないのです。

人格の自由がなくて形ばかり正しい人間は太鼓饅頭式人間であって、善人ではないのであります。>>p169 後ろから3行目〜


○本来善とは
・・・人間の本性(本当にある人間)は神から出たものである
・・・本当に自由にすれば自然法爾(じねんほうに)に善がでてくる(谷口教育学の根本)


△「悪」とはなにか

<<自由に対する束縛、隠蔽、あるいは束縛および隠蔽に対する反抗が、「悪」という姿になってでてくるのであります。

家庭に不良児童が出る――そこには必ず自由に対する束縛、隠蔽というものがあるのであります。>> p170 後から8行目〜


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