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聖典引用 板

298【霊界より】徳久訊己【医学博士】:2012/03/27(火) 10:12:47 ID:DmNhD9W.
『そのまま極楽の道』(藤原敏之著)25項より謹写――

 (親鸞上人に関して)その中で特に有名なのは、〝枕石寺の由来〟であります。
常陸の国(茨城地方)を二人のお弟子を伴って托鉢しながら縁のある人々を教化し、導いて歩いているうちに猛吹雪となり、五メートル先も見えない程の大雪で、あっという間に雪が積もってどこが道だか田圃だか全然判らなくなりました。そのうち日がくれてしまい、どうすることも出来なくて困っているとき、はるか彼方に明りが見えるのを頼りに辿りついてみると、立派な門構えの大邸宅がありました。これは有難い、一晩だけ吹雪を避けさせてもらいましょうと、一夜の宿を乞いました。すると家の主人が立ち現れ、「縁起でもない、クソ坊主など泊めるいわれはない、さっさと出て行け」と大声でどなりながら、木の棒で追い払い、門の外まで追い出して内側から厳重に閉めてしまったというのであります。この人物は日野左衛門といって近郷近在きっての大金持ちでありました。

 門の外まで追い出された主従三人は仕方なく歩き出すことに致しました。しかし何分にも北国の冬であり、今とちがって降る雪の量も多くてどうすることも出来ません。夜が更けるにつれて雪はうなりを立て容赦なく吹きつけて来ます。親鸞上人は門の敷石を枕に横になって休まれました。二人の弟子が衣の袖と菅の笠で上人さまにかかる吹雪を防ごうとしますが、見る見る雪が積もってまるで雪の布団にくるまっているような状態であります。素足に草鞋の上人の足からは、皸(あか)ぎれで血が吹き出しています。これを見て二人の若い弟子が、「なんという無慈悲な翁であろう、せめて門の内にでも入れてくれたらこんなにまで痛ましいお姿にならなくてもすんだものを・・・・・」「もしも出家せられずに家を継いでおられたら、今は公卿の御身分で、どんな栄耀栄華も思いのままであろうものを、衆生済度のためとはいいながらこのご難儀は、何と痛ましいことか・・・・・」と泣いているのをごらんになった上人は、「お前達は何を文句をいっているのか、そんな間違った考えを起しては親様に申訳ないぞ」といいながら詠まれた歌が有名な、

寒くとも袂(たもと)に入れよ西の風
      弥陀の国より吹くと思へば

 というお歌であります。この意味は申すまでもなく、どんな寒さも、困難と見えるものも、何一つとして神様の恵み、仏のお慈悲でないものはないのだぞ、どんな寒さも阿弥陀様のみ国から吹いてくる風だという気持で受け、有難いと感謝して大切に袂にでもしまうような心で受けてみよ、苦しいものなど何一つとしてないぞよと、天地一切のもの悉く仏の恵み御慈悲の現れであると諭しておられるのであります。

 諭され、教えられた二人の弟子たちは、大いに恥じて眠られぬままに大声で、感謝の称名、お念仏を称えておりました。と、先程の当家の主が松明を掲げて出て来て門の戸を開き、「どうぞ家にお入り下さい」と丁寧に招じ入れ、火を焚いて温めてくれた上に、温かい雑炊を作って食べさせてくれ、一晩中仏のお慈悲について親鸞上人から説き聴かされ、さすがの強欲非道な日野左衛門も真理に目覚め、本願他力によって救われたのであります。ついにご開山の弟子となり、広い邸宅を解放して教えの道場に捧げるに至ったのであります。そのいわれによって寺号を枕石寺、即ち石を枕の寺と号されたのであります。


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