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聖典引用 板

2708エマソンの光明思想と生長の家 ①:2013/12/18(水) 22:18:50 ID:Wf383SKY
理想世界誌昭和四十七年十月号
輪読のための青 年法語

■エマソンの光明思想と生長の家

谷口雅春先生

■一日のことば 本当の人間は肉体人間ではな い

「わたくしたちが通常「人間」と呼ぶ者--つま り食べたり、飲んだり、栽培をしたり、取引の 勘定をしたりしている人間は、わたくしたちが 自覚しているようには、人間そものものを表さ ず、人間を歪めて表現しているのである。その ような肉体人間を私どもは尊敬しない。しかし ながらその肉体人間が魂の器官となって、その 行為を通して、内なる魂を表現せしめるならば 、わたしはその前に跪かずにはいられないので ある」 「What we commonly call man, the eating, dri nking, planting, counting man, does not, as we know him, represent himself, but misrep resents himself.

Him we do not respect, but the soul, whose or gan he is, would he let it appear through his action, would make our knees bend. 」

(これはエマソンの「The Over Soul」という エッセイの一節である。このエッセイの完訳は 日本教文社発行の「エマソン選集」第二巻「精 神について」の篇に出ている。なかなか丹念な 訳であるから読まれたい。しかしその訳の中で 「精神」と訳出されている原語はSoulであるか ら、そのつもりで読まれないと意味が混同され るおそれがある。上記の訳は一層わかり易くSo ul を「魂」又は「内なる魂」と訳したのである 。)

明らかにエマソンは「肉体人間」と「本当の人 間」とを区別して、飲んだり食ったり田を耕し たり商売勘定をしている「肉体人間」を、その まま「本当の人間」だと思ったら間違いである ということを書いているのである。それだから 、私はエマソンを近代における光明思想の幽祖 であるといっているのである。しかし釈尊は2 千数百年前の古代においてそれを説いていられ るのである。


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