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聖典引用 板

248朝露夜露(代筆・志恩):2012/03/17(土) 13:46:42 ID:.QY5jUA6
 まず仏教が伝来したのは、公式には538年(ごみや)か、552年(ごごに)と言われ、どちらかは
学者の間でもまだはっきり決着はついていません。

しかし、一般には、6世紀の半ば、第29代欽明天皇の時代に公式に伝来したという意見が多いようです。
公式伝来というのは、その当時、日本がお付き合いをしていた朝鮮半島の百済から外交ルートで経典などを
送ってきたということです。

その頃、百済は、高句麗・新羅に圧迫され、日本に援軍を求めてきていたのだそうです。

この時に、正式に仏教を受容すべきかどうかで、反対派の物部氏と、賛成派の蘇我氏が、対立しましたが、
最終的には、欽明天皇が、あだし神(蕃神)つまり、外来の神の受容を許しました。

仏教は、外来の神とみなされたのです。
つまり、八百万の神々の国ですから、外来の神もあってもよかったのでしょう。
おおらかなものです。

歴史では、物部氏と蘇我氏が戦って、蘇我氏が勝利したので、仏教が勝って、神道が負けたような印象も
与えるかもしれませんが、神道が、なくなったわけではないのは、いうまでもありません。

物部氏と蘇我氏の対立は、政治的なものです。
物部氏は、当時朝廷の祭祀を担当していた氏族ですから、自分の氏の存続が危ぶまれることになりますから、
反対して当然でしょう。

蘇我氏は、外来の氏族の系列だったと思います。
仏教は、公式伝来の前から、非公式には、外国人と共に、日本にすでに伝わってきていたのです。

つまり、日本は、すでに民族的には、とてもひらかれた多様な国で、外来の文化をどんどん受け入れていた国で
あったということです。

    〜つづく〜


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