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聖典引用 板
1806
:
ハマナス
:2012/12/13(木) 23:08:41 ID:x2zmnlqw
神の子のみなさま
ありがとうございます。
神を差し措いた技術 (『新版 生活の智慧365章』P.312)
神は一切の実在(本当に在るもの)の本源であり、本当に在るものは唯、神のみから生じた
のである。さすれば、本当に癒す力も唯神のみから来るのであることは当然である。神を差し
措いて、自分だけの力で何事にても成そうと考えるところに唯物論者の間違があるのである。
化学薬品はある毒素を分解し、又中和したりして毒性を和げることが出来る。しかしその分解
産物や中和産物を体外に搬(はこ)び出して血液を浄化し、毒素によって荒らされた肉体組織を
新たに修復するのは神(即ち自己に宿る生命力)によるほかはないのである。
物質は他の力によって動かされ、且つその惰力によって動くほかは、自動することができない
のである。従って、自己に宿る生命(神)の叡智がはたらいて何処に何の成分を保存し、何の
成分を排泄し、如何に分子組織を変化して“生きた細胞”としてそれを組み立てるかは、知性の
ない「物質」それみずからの力にては出来る筈はないのである。つまり、病気や毒物で破壊され
た組織を完全に修復するには、叡智が必要なのであって、その叡智は自己の「内に宿る神」(生命)
の力に俟(ま)つほかはないのである。神を無視した医術などはあり得ようがないのである。
感謝合掌
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