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聖典引用 板

1401復興G:2012/10/06(土) 22:20:08 ID:vWpLkCzM

<第7回 WEB誌友会用テキスト>
 『生命の實相』 第1巻
  《實相篇(上)光明の真理 第7章》 より(4)
       (頭注版 p.201〜204)
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 こう申しますと、なかには「自分は病気のことなど一度も思ったことがないのに、病気にかかっているではないか」と抗弁せられる方もありましょうが、そんな方はまだ「心」というものの研究がたりないのであります。
 海の水を見ていると紺碧に澄みきってその中にはいっけんなんにもないように見えるかもしれない。けれども潜水眼鏡をつけて海の中にはいって眺めて見ますと、いつの間にはいったのか、いろいろのものが沈んでいる、いろいろの生物が泳いでいる、その中には人間にとって有害なものもあれば有益なものもあると同じように、われわれの意識(こころ)の海の中にはいつの間にはいったのか、ふとした新聞広告や電車内広告の記事からでも病的観念が染み込むので、いろいろの観念が泳いでいるのであります。
 このいろいろの観念の中から、われわれの害になる「病気の観念(たね)」だけは病気になりたくない人はぜひとも取り除かなければなりません。それには一種の心的施術が要るのでありまして、今後なるべく病気を思わないようにするというだけの消極的手段だけでは、もうすでに「心」の底にはいり込んでいる「病気の観念」を破壊するにはたりないのであります。

 こちらから進んで積極的に、すでにはいり込んでいる「病気の観念」を攻撃し、破壊するようにしなければならない。
 それには、「病気の観念」を積極敵に攻撃して、「おまえはわたしの心の底にいる権利があるように主張しているけれども、おまえは本当はわたしの心のうちにもどこにも存在する権利はないのだ。神の造らないところのなんじはいかに実在するかのような仮面をかぶっていても、本当は実在しないではないか」という道理を諄々(じゅんじゅん)と自身の病気に説き聞かせてこれを論破する必要がある。

 靜坐と精神統一と信仰とをむすび合わして、「病気の観念」を論破して本来の無に帰せしめる方法が、生長の家道場で毎日実修せしめている「神想観」であります。読書によって自身の「心」に諄々と説いてきかせて「病気の観念」を論破して、本来の無に帰せしめる方法が、『生命の實相』の毎日読誦法であります。『生命の實相』を毎日繰り返し読んでいるうちに病気が治ったとの報告があるのは、ちょっと聞くと不思議な奇跡のようでもありますが、われわれの「意識(こころ)」と肉体との関係を十分研究してみるとそれは当然の科学的結果であります。

     本能的の健康法

 われわれがよく聞くことでありますが、「わたしは皮膚を鍛練するために毎日冷水浴をし、呼吸器を強健にするために戸外で深呼吸をしているのにやっぱり風邪をひいて困る」というような人があります。
 そうかと思うと「わたしは少しも固いものを食べないようにし、お粥やパンやオートミールばかりを食べているのにしじゅう胃が悪くて困る」という人もあります。
 こんな人が健康になれないのは、「健康」すなわち「生命力の充実」は何か物質的方法で来ると思っている根本観念に誤りがあるので、この根本観念に根本的革命を加えればなおるのであります。

 「健康」すなわち「生命力の充実」は「生命」そのものを、順に、自然に、正しい道にのびのびとさせることによってのみえられるのであります。そのためにはまず「心」が「迷い」から解放されて、その自然に帰らねばならないのであります。


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