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本流対策室 板

1322ももんが:2011/12/30(金) 12:14:32 ID:XXCuaQns
>>1321 トキ様へ


〜続きの、文面です〜


さて、一方、原田老師派の人々は、発心寺を中心に、臨済宗の各派の人々も、応援されながら、『独參』をして、個人が、坐禅をして、『見性体験する』即ち、『覚りの体験し』を通して、真の曹洞宗の禅、真の仏教を、自分自身で、手に入れる事が、真の宗教であり、衆生を救う道して、説かれつづけました。

従って、原田老師派の坐禅や、坐禅会では、臨済宗の方法少し採用してる為、皆、一度は、『無字 の 公案』をやり、『独參』を行います。

この論争が、行われて、いた時に、永平寺で、坐禅の担当僧が、『独參』の札を探すように、命じたそうです。そうしたら、他の役寮の御坊さん達が、困ってしまい、永平寺には、『休參』の札は、『独參』の札は無いと言ってたのですが、坐禅担当の役寮さんは、頑として聞かすに、『参禅とは、坐禅に、独參に、休參』と昔から決まってる、休みの札だけあって、独參の札が無いはずがない』と、言い、再び、探ささせると、本堂に、道元禅師の時代の物と、思われる、『独參』の札が、出てきたのです。

これには、時の管長老師はじめ、びっくり、してまい、『一度は、『独參』の支度をしましたが、なんとか、話し合っと、取り止めたとの事です。


本来、坐禅は、独參が無いと、成立しない宗教なのですが、今日の曹洞宗のスタイルは、まったく、道元禅師の言う禅を文章だけで読んでるだけのスタイルでだと、いえるのです。確かに、道元禅師は著書では『只菅打坐』しか言われないのですが、これは、一般の人々に対してなんです。
僧侶や専門的に坐禅する人には、やはり、良く、読むと、個人的、曹洞宗式(鎌倉時代の独參)での『独參』をして、います。現在、臨済宗式のやり方とは、違うようです。だから、原田老師は、宗教体験の無い、理屈を言う、葱滑谷学長に、噛みつかれたのだと、思われます。


今日、原田祖岳老師派の坐禅をする人々は、曹洞宗で、亜流です。しかし、一番、仏教を知り、禅を知るには、一番曹洞宗の現在の本流スタイルより、素晴らしいと、思います。
原田祖岳老師の著書や、考えは、谷口雅春先生の著書に、良く類似しています。

是非オススメしたい、著書の一つです。

私も、参禅会が、原田老師派のお寺でしたので、原田老師系の坐禅を習いました。



このお話を、読んでもらうと、今日の、生長の家の内輪揉めと、良く似てなくもないですね。


私が、生長の家の、今後の10年ですが、曹洞宗を参考にするなら、要は、今の状況はあるにせよ、今の教団も、大変、素晴らしい事も、してます。
『時の流れに身をまかせ』
自分の心のままに、より良く、悪事、良い事、共に、苦しみ、もがき、するも、素晴らしくなると、思います。

では、10年後についての、私のイメージは、また、後程。

ありがとうございます。

掃除しながら、書き込み。

合掌。拝。


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