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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

970義春:2011/09/04(日) 02:58:06 ID:iu5Ar./Q
初心者さま
 いやいや、とんでもありません。
僕はこうやって時間をかけられるからこそ、こうやって書けるのです。
少しずつ、色々な事を知ってるからこそ、
取っ掛かりもできやすいのだろうと思っています。

 ソフィアとは何者か?ですね。
悩みましたが、こうなんだろうと思うのです。
マグダラのマリアが物質的な象徴であるなら、
ソフィアは精神的な象徴ではないかと。

 ソフィアを受け継いだ東方…つまり、東ローマ帝国、
東方正教会は偶像崇拝を禁じています。
つまり、西ローマ帝国のカトリックの様に「●●聖人の骨」を
祭る等はキリスト教ではないと考えたからです。
(ちなみにイタリアでは町ごとに守護聖人がいます。
ベニスではマルコがなっていますね。)

 そして、その後マホメットが出てきますが、コーランは平和を説いています。
そしてコーランは政治の原則も説いているとされています。
それを証明するのが、原理に忠実なイスラム教国に於いての異教徒への
統治姿勢を見れば分かるのですが、アジス(人頭税)を払えば
ユダヤ教でもキリスト教でも信仰を許していました。

 そして、イスラムは融合文明と言えるのかもしれません。
異教徒の存在を許す…つまり他者を許すということは結局融合への道に
なるといえるのですが、これがイスラムの特徴になっています。
ここにソースを置いておきますので、御覧下さい。
http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/tyusei/91-islam11.html

 また、イスラム世界を支えているアラビア語についての考察ページも
置いておきます。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nobu-nisi/kokugo/isuram.htm
これを観ると中国的な文字の成り立ちとも違い、
自然を自然のままに表した文字といえるのかもしれません。
それだからマリアを象徴とする西洋文明の様に自然を改造を
改造するのではなく、自然を神の表れとして扱っていたのではないのか?
そうも考えられます。

 それだから、イスラムには、自然を改造しようとする
科学技術の発展には強い拒絶感があります。
つまり自然支配を拒絶した宗教とも言えるかもしれません。

 自然に従って生きていく、それだから、東南アジアに
イスラム国が出来たのかもしれませんね。

 そして、融和を基調とするイスラムは精神性を表しているとも思います。

…ふぅ、今日はもう一寸限界です。
どうでしょうか?


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