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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

946初心者:2011/09/03(土) 13:59:35 ID:4IaAZAME
義春さん、すまないね。

あたしは、感覚的な人間だから、資料にあたるとか、原典にあたるとか、そういった丹念な作業が苦手なんだよね。どうしても、感覚的にものごとを理解しようとする。だから、義春さんのように、資料に接することができて、それを言葉として説明してくれる人がいるというのはありがたい。

『ギルガメッシュ叙事詩』は、自然支配の物語でもあるということですね。

自然支配のために必要としたのがロゴスであった。短絡的に、このように考えてみます。そうすると、ロゴスとは、調和ではなく、支配のための道具であると考えることができますね。

エコロジストが、「エコロジー」という言葉を使うということは、「ロゴス」、つまりは自然支配の衝動を、あいもかわらず持ちつづけていることを示しているような気がします。

ギルガメッシュはロゴスを体現していたのでしょうね。反ロゴスともいえるイシュタールの誘いを拒絶したことに、それはあらわれているように思います。

そんなギルガメッシュが放浪の旅に出て、小アジアに向かったはずですね。なぜそれが小アジアなのでしょう。ロゴスは西に向かったのですね。ロゴスは、西に向かうという衝動を持っていたと考えることができるのですね。

そのロゴスが、アフロディーテの策略によって、さらに西へと向かい、イタリアにたどりついた。そしてローマを建国した。アフロディーテは、ロゴスの裏づけとなるべき物質性をうちにはらんだマリアの化身だったというのが、わたしの空想なのです。根拠はきわめて希薄ですけど


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