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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

938義春:2011/09/03(土) 10:43:52 ID:iu5Ar./Q
 ギルガメッシュ叙事詩について書いてみます。
元ページは此処です↓此処に原文の訳が載っています。
http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm

ギルガメッシュは森を人間の手にする為に戦った…
そう読んでいて、感じました。
古代文明というものは大河の側で発生したというのが
定説になっていますが、それと共に超克しないといけない
自然の対象があると思います。

 例えば、中国の黄河文明を例に取りましょうか。
古代神話によると堯から舜への禅譲で一番ネックになったのが、
黄河という暴れ川の治水だったのです。
堯は最初、昆に禅譲しようとして、昆に治水をさせてみます。
昆は堤防の高さを高くする事で、黄河の氾濫を抑え様としましたが、
黄河の濁流は昆の築いた堤防を破壊してしまいます。
そうして治水に失敗したので、堯は昆を殺します。
そして、舜にさせてみます。
舜は黄河の流れに対して、昆のとった黄河と対決する治水策ではなく、
黄河の勢いが殺すような治水策をとりました。

日本で言えば武田信玄が釜無川の治水で信玄堤を築いて
釜無川の氾濫を防いだ…あのようなものだったと想像されます。

そうして、堯は黄河の治水に成功した舜に帝位を禅譲します。

その様に古代文明が発生した地域には超克しないといけない
自然というものがあった様に思います。
(長くなるので一旦投稿します)


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