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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

922トキ:2011/09/02(金) 20:51:49 ID:ysqTBZ6U
>>914


山ちゃん1952様

 ご投稿、ありがとうございました。

 和解の問題ですが、先ず、お断りを申し上げないといけないのは、私が知っている事を全てここに
書けない事です。また、「和解」も、例えば、生長の家の原宿教団と本流復活派との対立そのものと
考えるか、今回の裁判に限定するか、という問題もあります。そこで、前者の問題として考えること
にいたします。

 なるほど、ビジネスの現場では、おっしゃるとおり、実現の可能性は優先順位の第1位の要因です。
これが、政治でも、同じでしょう。マックス・ウエーバーが言う「責任倫理体系」の世界だからです。

 しかし、生長の家という宗教の世界に求められるのは、実現の可能性の高い、低いではなく、神様
の意思にそっているか、どうか、という点です。そして、神様の意思から見て、あるいは社会通念や
倫理道徳の観点から見て、「和解」は正しいというのが私個人の考えであります。これが組織指導の
現場なら、実現可能性は考える必要はありますが、信仰の議論の場では、神様の意思、あるいは
谷口雅春先生のお考えを忖度して発言する事が大事であると考える次第です。いわば、「心情倫理
体系」の世界だからであります。

 次に、教団分裂と対立の恒常化が何をもたらすか。生長の家という教えの衰退であります。これは
谷口雅春先生の弟子として、避けなければならない事態です。この場合、可能性が高いか低いかを
論じている場合ではありません。あくまでもそれを避ける為に全力を尽くすべきであります。

 現在の教団は、終戦直前の日本のようなもので、もはや玉砕か、和平か、という選択のふち
に立っています。この時期に、信徒が、自分の意見を率直に指導部へ伝える場をもうけること
は内容の是非、あるいは結論への影響力を問わず、必要な事だと考えています。

 私は「和解」は容易な事ではない、とは承知しております。しかし、不可能ではないと考えて
います。だとすれば、まずは一歩を踏み出すべきだと思っています。

 満足のできる内容ではないのは承知しておりますが、宜しくお願いします。

合掌 ありがとうございます


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