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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

769トキ:2011/08/23(火) 19:44:10 ID:lnpO08uo
>>766

初心者様

 すばらしいご投稿、ありがとうございました。ケストナーは「真昼の暗黒」ぐらいしか知らなかった
ので、ホロンについても初めて知りました。ご教示、ありがとうございました。
 ご提示の問題は、たいへん重要な論点を含んでいると思います。

 総裁の真意については、私も推測するしかないですが、「国家のために命を犠牲にする」というより
全体主義的な発想自体に強い不信感を持っておられると思います。これは、おそらく、百万運動とか
生長の家政治連合とか、あるいは当時跳梁跋扈していた左翼運動の軍隊のような体質とか、さらには
日本にしろ外国にしろ戦争というものがもたらす惨禍に強い警鐘を鳴らしたい、というお考えはあると
思います。

 ただ、ホロンという概念を否定して、人間が幸福になれるのか、というと、これも難しいかと思い
ます。今回の大震災でも、自分を犠牲して多くの人を救った方々が報道されています。社会通念から
見ても、これは賞賛に値する事かと思います。そこまで大きな話ではないにしろ、自己犠牲というも
のを否定してしまうと、慈善活動や社会活動すら成り立ちなくなると思います。

 思うに、ケストナーが「ホロン」という概念を提唱した背景には、彼のナチズムと共産主義の体験
が強くあったと思います。戦争前には、経済的な行き詰まりから、全体主義を賛美する傾向が強く、
それが戦争や人権の抑圧という結果に至ったのは事実です。そのような体験は否定はできないが、それ
が全てではない、という事かと思います。

 ですから、ホロンという概念を否定するのではなく、修正する方向での解決があるかと考えています。
例えば、「個人の全体への奉仕」という概念と同時に、「全体の個人への奉仕」という概念も肯定できる
と思います。「一即多 多即一」という関係でしょうか。

 私があった東南アジア出身の人は、母親が売春婦で父親なしで育ちました。たいへん貧しい村で、本
人も貧乏の極地でした、が、食事の時間になると村人が交代で家に招いてくれ食事を食べさせてくれたそう
です。その人自身も小学生の頃から物売りをしていましたが、お金が足りなくなると周囲の大人が恵んでくれ
た、と話しておりました。それで、とうとう大学まで卒業できた、と言います。日本でも、今回の震災で
自衛隊の方々の貢献は各方面から賞賛を集めています。個人だけでは乗り越える事が難しい場合、やはり
全体の力を借りる事は大切かと思います。

 その点、もっと議論をするべき問題だと思います。どうも、愚見を勝手に述べまして、すみません。

 今後とも、初心者様の投稿を期待しております。よろしくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます


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