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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

727初心者:2011/08/17(水) 08:08:22 ID:4IaAZAME
義春さん

わたくしのせいで流れを混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。
整理をするために、これまでの流れをまとめることにいたします。
発端は、レプリカントに、実在する人間の記憶を埋め込むという話から、トキ様が
海馬から記憶を取り出すという話をされたのでありますね。

このことから、「心は脳の産物なのか?」という問題が出てきました。
心は脳の産物ということになれば、宗教の側にとって、これはあまり都合のよい
話ではありませんね。
そこで脳科学を批判してみよう、ということになってきたのですね。

わたくしの方法としては、「わかる」ということを基調に、脳科学では
「わかるということがわからない」という方向で批判することにいたしました。
そのために、オートポイエーシスや哲学者のフィヒテを持ち出しました。

これにたいして、義春さんは、身体性の問題を論じられたのでありますね。
身体性を抜きにして脳を論じても意味がない。これが義春さんの主張である
ように理解いたしました。

また、一観覧者様から、遺伝子の移植によって情報も移植されるのではないか
という問題が提起されました。

そこでわたくしは、こうした3つの方向からのアプローチをひとつにまとめて
説明する理論、あるいは理屈はないものかと考えたのでありますね。
個々別々に考えるのではなく、すべてをいっしょくたにして考える方法は
ないものかと思案したのでありますね。

そのことが、流れに混乱を生じさせてしまいました。
ここは原点にもどる必要があります。原点は、脳科学の限界について考えて
みようということでありました。そのための攻めどころは、「機能局在論」への
批判であるはずですね。

とりあえず、情報の話は抜きにして、「機能局在論」だけに話をしぼりたいと
思います。こういう方向で義春さんに論を進めていただきたいと思うのですが、
よろしいでしょうか。


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