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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 3
640
:
初心者
:2011/08/13(土) 19:16:20 ID:4IaAZAME
義春さん
「無葛藤派」に一石を投じるのは、そろそろやめることにいたしましょうか。
これ以上書けば、女子青年のみなさまを恐怖に陥れ、不安をいだかせてしまうことに
なりそうですからね。ここで嫌われては、元も子もありません。
真理と救済。これはわたくしにとりまして永遠の課題でありますね。
救済に結びつかなければ真理ではないと決めつけてしまうと、真理の追究に
制約ができてしまうのですよね。
ジジェクが面白いことをいっておりますね。
「無意識は外傷的な真理が声を発する場だ」と、こんなことを言っております。
それから「そこで私を待っているものは、私が同一化すべき深い『真理』ではなく、
私が共生すべき堪えがたい真理なのだ」と、こんなことも言っております。
真理というのは奥が深いですね。「外傷的な真理が声を発する場」というのが
あるのですね。
真理と救済。この問題とはべつに、困っている人がいれば助けてあげたいと
考えるのが、ふつうの人間の情というものですよね。真理とは無関係の救済が
あってもよいのですよね。救済を無理に真理と結びつけようとすれば、そこにも
制約があらわれてくるかもしれませんね。
大事なことは、まずつながるということですよね。わたくしの青年会時代の活動も、
自分を正当化するようですが、人と人とのつながりを実現するということがおもな目的で
あったような気がします。
真理で人を裁く。これがいとも簡単なことであると、気づきました。
トキ様の「レストラン」発言で、女子青年が好きだったころの自分を思い出しました。
これからどうすべきなのか、迷っております。
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