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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

609初心者:2011/08/13(土) 08:29:03 ID:4IaAZAME
義春さん

あたしも、きのうは本音を炸裂させてしまったから、こうなったら
言いたいことをいわせてもらうことになる。
まずさ、シラフィアンとシニフィエの用語なんだけど、これは特別な
意味を持った言葉なんだよね。だから日本語に訳すことは不可能だと
思うんだよ。

たんに「意味するもの」と「意味されるもの」ということでいえば、
アウグスティヌスだったか、トーマス・アクィナスだったか、はっきりしないけど、
シグナンスとシグナトゥムという用語があって、これが「意味するもの」と
「意味されるもの」といっていい用語のはずなんだよね。

だから、シニフィアンとシニフィエは、べつの言葉で言い換えることはできない
と、あたしは考えているんだよね。
まあ、そんなことはいいけど、シニフィアンとシニフィエを「実感によって結びつける」
という考え方は、かなり正しいことをいっているように思うのよ。

この問題、じつは当時、尊敬する、青年会の会長であったT先生に相談したことが
あったのよ。青年会はとっくにやめてたんだけど、あいだに立ってくれた人がいて、
先生にメールで連絡をとることができたんだよね。

もう20年近くも昔の話なんだけど、このときの答えが、井筒俊彦の『コーラン』を
読みなさいってことだったんだよ。ようするにこれは、イスラム教徒というよりも、
砂漠に住んでるアラブ人というのかな、こういう人たちは、厳しい砂漠の環境で生きていく
ために、つねにシニフィアンとシニフィエを直結させるようなまなざしで世界を見ているって
ことだったんだな。

これがおそらく、義春さんがいう「自分の眼で見える、触れる感覚」ということなんだろう
と思うんだよ。ようするに、アラブ人は、目に見え、触れることのできるものしか信じていない
ということなんだな。
しかし、T先生のアドバイスにもかかわらず、井筒俊彦は日本を代表するような硯学だから、
簡単に読んでわかる問題ではなかったな。

でもね、さすがにT先生だと思ったのは、シニフィアンとシニフィエの用語は、
言語学者のフェルディナン・ド・ソシュールが言いだしもので、そのソシュール研究の
第一人者が丸山圭三郎という人なんだけど、丸山圭三郎によれば、井筒俊彦は、
丸山圭三郎の共同研究者なんだよね。

井筒俊彦の『コーラン』を読め。これは、T先生でなければできないアドバイスだったよね。
あたしはせっかくのアドバイスを生かすことができずに、オカルトの世界に逃げ込んで
しまったけど、義春さんならなんとかなるかもしれんね。

言葉の問題はものすごく大変なんだよ。本流の掲示板を見てると
「何も知らんで書いとるわ」と、いつも思うものね。


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