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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

500一観覧者A:2011/08/10(水) 10:58:18 ID:z3t2N02w
初心者様

そうですね、可能性の観点からしたら、どちらが新機軸の可能性があるか…申し訳ないですが、復活派より、今の組織ではないでしょうか。

考えたら、雅宣先生が、一旦「生長の家を否定されたようなこと」は新しい可能性の始まりと考えることも、出来ますね。

瓦礫を撤去できれば、また新しい再建の希望が生まれます。
しかしこの瓦礫撤去は、ただ邪魔なものを排除する論理ではありません、理解と共感の姿勢が多いに役に立つと言えますよね。

無念…初心者様が仰いましたが、分裂の根底にあるのは、両方がこの思いなのでしょうか?
無念、これは、各人の、心に存在するものですね…?


義春様のような若く能力のある方が、壮大な夢を持ってらっしゃいますね、能力のある方の可能性は大きいですね。

>これを活用しつくせば…苦しい人生を送ってる人を救える…それが一番やりたいな…。 

と仰っていますが、これも希望の光ではないですか。

インターネットの可能性を、まだ現組織が使いこなせていないかもしれませんが、志次第で、義春様のように壮大な夢を持つことが出来ますね。方向性はこういうことですね。


>感性によってしか、複雑な「相互作用」を、人それぞれの内的世界に取り込むことはできないのではないかと、わたくしはこのように考えます。

そうですね。自然の複雑な相互作用は、神秘、としか言えません。感性とは奥が深いですね…
人間知を超えた偉大な智恵や法則を理解するには、やはり知識では限界があります。

また美を表現する時に感覚器官を使うにも…例えば、他と自分を分かつものは何か、自己の存在とは何か、という問題に突き当たらざるを得ないですね。哲学的思想的背景がある程度ないと行き詰まります…

初心者様が仰るように、これを真理を探求する実践の場に持ち込むには、「それなりの思想的、哲学的、あるいは霊学的背景を確立させるということが、どうしても避けてとおることのできない課題」となるのでしょうか。

そう考えると、雅宣先生が提案された課題に対する私たちの役割の可能性は、大きいですね…。


話は違いますが、例えば、茶道…体系立った成り立ちには、勉強不足なんですが…茶道というのは、ただ一杯の茶を点てる為に、繰り返し型を学んでいきますが…道、と呼ばれるものには、突き詰めると中心へ行き着くものがあると思います。
他への細やかな配慮、先達への尊敬、道具さえ拝む心…とか、
こうした感謝の徹底した心が、中心へ繋がる道になるのかもしれないと思いました。
これは、色んな分野を通してそうすね。
中心なるものを理解するには、スローガンではありませんよね。道、を歩むところに、見えてくるものがありますね。
…なんの話か、纏まりがなくなりました…


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