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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  3

1595うのはな:2011/11/11(金) 20:16:04 ID:iM0b0bt6
Q11. 私は世界の貧しい人を見ると心が痛みます。そして、自分が何不自由なく
暮らしているのに罪悪感すら感じることがあります。世界の貧富の差をなくすのに、
私にできることは何でしょうか。

A. ある人が、貧しい人達に同情して、出会うすべての貧しい人にお金を恵んでいたところ、
自分も貧しくなって、他人からお金を恵んでもらう境遇になったということです。
 この逸話は、同情という感情についての教訓を人々に教えているものと私は理解しています。
 世界の貧しい人たちを見て、心が痛むあなたは、とても感受性が強く、心優しい人なのだと思います。
 しかし、貧しい人を見て、同情や罪悪感のあまり、自分までもが不幸になったら、今の話と同じように、
世界の貧しさを救うどころか、世界に不幸な人を一人増やすことになります。

 同情とは、相手を力のない人と見て、勝手にかわいそうに思うことですが、そう思うことによって
ますます相手をそういう状況に閉じ込めておくエネルギーを送ることになります。
 私たちが一般に、大変な状況にいる人たちを見るときは、その弱さではなく、その強さを見るべきであり、
その強さをサポートするべきだと思います。
 私自身、大変な状況にいる人が、明るく、勇気を持って生きているのを見て、それに励まされることがよくあります。
さて、世界の貧富の差、富の不平等の原因については、前著「楽しいお金」に書きましたが、
私たち自身の想念が世界の現実を作りあげていることを考えれば、世界の貧困の問題はこの地球に生きている
人すべてに責任があるといえます。
 だから、まず自分自身が世界に豊かさを生みだすように考え、行動し、富の不平等に加担しないように
日々生きることが最も大切だと思います。

 あなたの場合、何不自由ない暮らしをしているなら、まず、その豊かさに感謝し、そのうえでもし貧しい人々の
ために何かをしたいなら、お金を寄付することもいいでしょう。
 最後に蛇足ながらいえば、貧しい国々や人々に対する援助がその善意とは裏腹に、あまり効果をあげているように思われないのは、
今述べてきた「同情」ということに問題があるのではと、と私は思っています。
 援助を受ける側も、援助する側も、「貧しいから。弱いから、助けてもらう」、
「貧しいから、かわいそうだから、助ける」という同情の発想を使っているかぎり、
貧しい国々は相変わらず貧しいままなのではないでしょうか。

『楽しいお金2』 高木悠鼓 著


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