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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 3
129
:
山ちゃん1952
:2011/07/31(日) 05:48:20
私は百万運動に青春を賭けました。給与の大半をこの運動に費やしたのも事実
です。借金も事実行いました。そして貧窮のなか生活していたのも事実であります。
だが、そんなことも「祖国再建」に迸る気持ちはそれを上回りました。
その為、多くの批判もありました。そこまでする必要はないとか、無理する運動
は駄目だとか、様々な批判を多少なりとも掌握させていただきました。
ただ、雅春先生の発祥の「1千部」無料進呈と青年の10人に一人が「生長の家」に
入信しているという理想がありました。
私は大阪という地元で「創価学会」がいかに発展したかという本を読みましたが
やはり相当無理をして活動をしていることが如実にわかります。
昭和27年当時、大阪においては生長の家の信徒のほうが多かったのも事実であります。
そこから戸田は「折伏大行進」を打ち立てた。それは凄まじい運動であった
のは皆様ご存知だと思います。
寝食を惜しみ勧誘作戦を通した、たとえ石を投げられても引き下がらず執拗に
勧誘をした。
それによって嫌われたことも多かったが、昭和33年には戸田が亡くなり、第三代目
の池田大作が出たことにより、更に熾烈な運動を展開していくのである。
「生長の家」を邪教として排他的にさらに強勢を発展させるのである。
「折伏大行進」を更に加熱させ300所帯の目標を掲げ、家庭訪問を行った
のである。
それに比べて申し訳ないが、「百万運動」など生ぬるさを感じるのです。
こうして無理してこそ発展拡大したのであり、無理しない運動で拡大する運動
はありません。
それを「無理」していけませんという人はそれを「無理」と感じていないだけであります。
そこが違うのであります。周囲はそれは「無理」だと断定しているが、それを
無理と思わない精神が大切なのです。
だから「百万運動」により、現在社会で活躍している人が多いのであります。
だから「運動」は影からのみそれをみては駄目なのであります。
そこが違うのであります。
だからこそ、その御蔭で屈服しない気持ちや百万運動で培った勉学の向上や組織の
指針などを示すことが出来るのであります。
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