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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 3
1064
:
義春
:2011/09/11(日) 01:34:28 ID:iu5Ar./Q
初心者さま
伊勢神宮に参ってみてですが、
やはり日本の原型だと感じました。
今回の遠出は日本のエコソフィアの原型を求めるものでした。
それこそ、神に真を尽くして祈ってきました。
伊勢神宮は…というより、伊勢そのものが磐倉、祭祀の場だと感じました。
それぞれの自然の現象にあった地に、神社を置き、祭っています。
太陽の神である天照大御神を中心に宇宙そのものが、そこにあると感じました。
それはギリシャの様に自然を破壊して神を祭るのではなく、
自然はそのままで、自然を主にした日本人のありよう、そのものでした。
最初に外宮に参りましたが、一歩入った瞬間に空気が全く違っていました。
ここは神域だと、直感しました。
しかし、攻撃的ではなく、包み込むような雰囲気でした。
そして参っていったのですが、御正宮に至る石段は一枚の平石、
亀石だと感じたのですが、亀だとするなら、
それは神域に亀に乗っていく象徴のようでした。
そして、内宮。
ここは式年遷宮ということもあり人が多過ぎて、
直感がなかなか働かなかったのですが、
御正宮に参拝したら、私の時だけ、閉じていた白布が
全部捲れ上がって、ホッとしました。
そこで少し疑問に感じたのですが、
内宮と外宮を何故お分けされたのだろうと…。
外宮は分かるのです。豊受大神だから、大地・森だろう…と。
それだとするなら、内宮の天照大御神は八咫鏡を御神体とされていますが、
天照大御神をおろす場所、甘南備山があったのじゃないのかと思って、
検索しましたらこんなページがありました。
http://ameblo.jp/kazue-fujiwara/entry-10352024311.html
ここに朝熊山のことが書いてあります。
>朝熊山は伊勢神宮の奥宮とも呼ばれていますが、
>この朝熊山こそ伊勢神宮の宗教的な意味での「聖なる地」であって、
>伊勢神宮の内宮は、その神奈備山に対して祭祀を執り行う場所であった
>と私は思います。
私も同感です。
それから二見浦まで移動し、夫婦岩、二見興玉神社…
ここは竜神が祭っているのですが、この夫婦岩を観て、
竜神だけを祭っているのではなく、
夫婦、即ち陰と陽、日と海、火と水を本来は祭っていたのではないのか?
…そう感じました。
それだから、伊勢は全体が宇宙を表し、日本のありよう、
そして、その伊勢神宮を皇祖神とする御皇室のありようも、
ロゴスに染められようもないものと感じました。
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