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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板

930復興G:2012/01/28(土) 20:14:41 ID:ojEbkDH2

誤字訂正お願いします。
<924>のはじめの方で
× 一たん蒔かれたる真理の種子は、吾々阿が信念の欠乏から・・・・・・
&iexcl; 一たん蒔かれたる真理の種子は、吾々が信念の欠乏から・・・・・・

 失礼致しました。

931トキ:2012/01/28(土) 20:33:21 ID:EOJvaMrw
>>912

ももんが様

 信仰のあり方というのは、難しいです。
やはり、毎日、脚下照顧の姿勢が必要だと思う次第です。

合掌 ありがとうございます

932かぴばら:2012/01/28(土) 21:05:20 ID:3ZrLMqr6
復興G様

素晴らしいお話有難うございます。本物の匂いがいたしました。(涙・涙・・・)

 毎日毎日、自分が今ここに生きているのは宇宙の造り主が自分にすばらしき指名を果たさしめんがためである。神が自分の見方であるからなんらの恐怖も心配もないのである。神は決して恐怖または心配すべき何事をも造り給わなかったのである。神使命を与えたれば、吾は神の力と共に行くのである。自分の行くところ遮るものは何一つないのであるーーーーかく信じて一切の恐怖不安を駆逐すべきである。再び言う自己を支配するもののみが真の勇者である。そして環境は自己の心の影であるから自己を支配し得た者のみが環境の支配者となるのである。

 (谷口 雅春先生著 青年の書より)

 合掌 有難うございます。

933かぴばら:2012/01/28(土) 21:07:12 ID:3ZrLMqr6
すみません 訂正一行目×指名→○使命

934かぴばら:2012/01/28(土) 21:09:16 ID:3ZrLMqr6
もうひとつ訂正一行目 ×見方→○味方

935「訊け」管理人:2012/01/28(土) 21:54:32 ID:Oo2SdDkA

>復興Gさま


『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」

 チェスト!!!!

 ちょ――――――っどここ最近、同本の同章を拝読しておりました。
先日はブログ記事にもしたくらい感動していたのが、この章でありました。

ブログ記事 http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65625580.html

 いやー、閣下と関心の所在が一致し「うれしい」です。ああ本当に同章は
良いですね!!

追伸

 ・・・閣下ご謹写の労に敬意を表しつつ、ブログ記事に「使用させて」ください
(ませんでしょうか?)よろしくお願い致します。

936ももんが:2012/01/28(土) 23:00:38 ID:XXCuaQns
>>916

復興G様

復興G様、御投稿文、読ませて、頂きました。丁寧な御投稿文で、ありがとうございます。合掌、拝。

御質問の事。

<<>私の実家にある、雅春先生在世時の講習の録音テープで、雅春先生は
『時代がかわり、生長の家の総裁が、替わり、教えが、変わったと言って、教団を離れるような人は、例え、幹部や講師であっても、その方は、現象を信じてる人で、実相を信じてる方ではない…』と雅春先生は言われます。<>>


上記の内容の、テープの件で、ございますね。

実は、復興G様が、示された。下記の一般普及されてるものでは無いようです。
<<谷口雅春先生の講習会御講話は、世界聖典普及協会から正式に発売頒布されたものがたくさんあります。私も5本ほど持っています。
 「人生必勝の真理」
 「真・善・美の生活」
 「「一即多」の真理」
 「創造者への道」
 「日本建国の理想を成就するには」
の5本です。>>


実は、祖母の遺品の中の一品でして、祖母は付き合いが広かったのでの、その方から頂いたと、言う話は聞いてますが、詳しくいきさつは、わかりません。

年代が何時も、はっきりしません。

もう少し、お話しても、良いのですが、本流側の人を信用出来ない心境に、今有るので、復興G様には、誠意は、感じますが、本流側の人を、私は、信用出来ない状態を解消してくれたら、お話します。

すいません、我が儘、言いまして。

話が、中途半端で、本当に、申し訳ありませんが、そういうことです。

御返事、大変遅く成って、申し訳ありませんでした。たくさん、噂話されると思いますが、お手柔らかに、お願いします。

感謝敬白、合掌。拝。

937ももんが:2012/01/28(土) 23:34:06 ID:XXCuaQns
>>931

トキ様へ

トキ様、御返事ありがとう、ございます。合掌、拝。

今日は、仕事の後、人の相談に乗っていて、復興G様へ返事等、遅れた事は、御詫びします。

あと、今日のトキ様の御言葉
<< 信仰のあり方というのは、難しいです。
やはり、毎日、脚下照顧の姿勢が必要だと思う次第です。>>

大変、素晴らしい、御言葉、ありがとうございます。

あと、安谷老師の『無門関』見つかりましたから、雅春先生を批評されてる箇所、今度、掲載いたしますので、楽しみに、お待ちください。

それから、『佛の聲を彫る』著作:松久朋琳さん(日本教文社)の本も紹介したいと思います。この本は、古本屋で数年前に見つけて、感動した本です。

それでは、おやすみなさい。
いつも、お心使い、ありがとうございます。

感謝敬白、合掌、拝。

938ももんが:2012/01/28(土) 23:58:44 ID:XXCuaQns
SAKURA様


SAKURA様、こんばわ。合掌、拝。


トキ様宛の文に、私の名前、見つけたから、書きますね。

いつものように、SAKURA様の表現、私には、難しから、読み間違えてら、ゴメネン。

SAKURA様は、どっからか、引用文使って、『仏教はダメ』『仏教は古臭い』言いたいんでしょ?違うかな?


SAKURA様は、文章から『曼陀羅』を理解しようとしてるけど?

私や役行者さんが、言ってのは、違うよ。


例えばこいうこと。

『テレピを見るのに、テレビの取扱い書を読んで、満足してるが、SAKURAさん』

私達が言ってるは?

『テレビに電気を入れて、実際に使って、見てること』

だから、曼陀羅や仏像は、実際に、使い方を知ると、『成る程』と思うよ。

私も、それまでは、知らなかったんですよ。

SAKURA様は、たぶん、勘違いしてる。実際に、自分で体験して見てくればいいんじゃないのかな?

下手に、本は、読まない方が、いいよ。先入観で台無しになる。


じゃ、おやすみなさい。SAKURA様、今、少し、梅咲き始めたよ。合掌、拝。

939ももんが:2012/01/29(日) 07:01:33 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい朝がやって参りました。寒いですが、元気だして、明るく、楽しく、生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜


尽界はすべて客塵なし、直下さらに第二人あらず、直截根源人未知識、忙々業識時休なるがゆえに。妄縁起の有に有らず。偏界不曾蔵といふは、かならずしも満開是有といふにあらざるなり。偏界我有は外道の邪見なり。本有の有にあらず、亘古亘今のゆえに。始起有の有にあらず、不受一塵のゆえに。条々の有にあらず、合取のゆえに。是什麼物恁麼来のゆえに。始起有の有にあらず、吾常心是道のゆえに。まさにしるべし、悉有中に衆生快便難逢なり。悉有を会取することかくのごとくなれば、悉有それ透体脱落なり。

〜以下つづく


<<直截根源人未知識、忙々業識時休>>
とは

『直に根源を截るも人未だ識らず、忙々たる業識幾時か休せん』

と読みます。


今日、心に止まる箇所は、ここです。

『まさにしるべし、悉有中に衆生快便難逢なり。悉有を会取することかくのごとくなれば、悉有それ透体脱落なり。』

『完全な覚りに、出逢うことは、大変であるが、完全な覚りと出逢うのは、身心脱落する事である。』


余り、上手く、表現できていないかもしれませんが、私には、今日心に残る一言でありました。


皆様、今日も、お寒いですから、手足暖かくして、お健やかに、お過ごし下さい。ありがとうございます。合掌、拝。

940役行者:2012/01/29(日) 08:10:34 ID:w8hNmueg

 ももんが様

 >>938


 >曼陀羅や仏像は、実際に、使い方を知る と、『成る程』と思うよ <

  まったく、そのとおりだと思います。
 
 もっとも現象世界そのものが方便で曼荼羅の世界なのですけど、なかなか、この現象世界を観世音菩薩の三十三身の現れと見づらいところがあるので、より佛の世界に近いバーチャルな空間を創作して、衆生の悟りの一因となればという愛行が、たとえば立体曼荼羅として表現されているのです。
 つまり、われわれ衆生が悟りに導かれるための助因の役割も兼ねていると思われます。

 人を悟りに導くための太古からの智慧ですね!ありがたいことです。

           合掌

941「訊け」管理人:2012/01/29(日) 10:58:18 ID:u7vht8yY

●宮崎西 一般枠で初甲子園、文武両道で挑む (2012年1月28日 読売新聞)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news-spe/20110324-988889/news/20120128-OYS1T00263.htm

 いやー、嬉しいニュースを(超・個人的に)紹介します。宮崎西高校が甲
子園初出場を決めました。
 この学校ですが超進学校です。「東大に10数名合格」なんて年もありま
して、ちなみにですが、現在の東大野球部四番の子(高山くん)も同校の出
身だったりします。しかしまあ、ここの野球部ですがこれ、甲子園出場は「
31世紀頃(笑)」と予想されていた程の、最弱校でもありました。
 スポーツ専攻科があるわけでもなく、「中学時代の補欠」が続々入学して
くるようなチームであります。私が高校時代はここと当たれば、「ラッキー
」てな感じの学校だったのですが、それが・・・・なんと一般枠で九州代表
(!)になりまして。「これを奇蹟と呼ばずしてなにを奇蹟と!?」な現在。
・・・ああ、本県野球事情に詳しくない方には不明でしょうけども、これは
偽らざる本音です。

 ・・・同校野球部の奇蹟っぷりをつづけます。いやあの、県予選はクジ運
勝ちでした。難敵回避で、スルスルと決勝まで行ったわけです。ですんで「
ニシコー、ラッキーだな」だったんですよ。「日南学園や延岡学園、それに
高鍋や都城が〝コロッと〟こけてくれて、対戦せずに済んでよかったなあ」
だったわけです。案の定、決勝では都城商に負け(3−1)ましたんで、関
係者は皆、心配しておりました。「・・・アノ九州大会(全国最高レベル)
に、行くわけダロ?・・・これは、初戦コールド負けでは?」てな予想が大
半だったのですが、いやいやどうして。
 ・・・・もう、なーんか知らんが自由ケ丘(福岡1位代表・プロ注投手あ
りのTHE野球学校)と対戦し、延長戦にもちこんでの「たなぼた」勝利をしや
がりまして、野球関係者が仰天という(笑)そして次は、あの 九 州 学 院 
(熊本1位代表・個人的見立てでは九州最強打線)を相手に善戦しまして、
まあ、負けはしましたが2−0という・・・他試合では圧勝してた九学です
が結局、九州大会準優勝でした。ですんでこの善戦ぶりが光りまして「オイ
オイ、ニシコー!こんなことがあるのか!?」てな感じです。

 再度強調しておきます。同校野球部ですが中学時代の有名選手、「一名も
おりません」(笑)そしてエースの直球速度ですが、なんと120km台と
いう(笑)平日練習時間なんて「一時間半」ですし、宿題を忘れた部員は練
習参加が許可されません。しかも九州大会前には校内実力テストがあったと
かで・・・そんな状況だったのに「もう、なーんで勝ったんだよ!?ニシコ
ー!?」なチームです。

 九州勢〝らしからぬ〟な感じですが、まあ魅力溢れるチームです。「これ
ぞ、ザ・高校野球!!」てなチームでもあります。3月からの春センバツで
すかこの宮崎西高校、皆さんもぜひご注目ください。よろしくお願い致しま
す。

942志恩:2012/01/29(日) 11:41:47 ID:.QY5jUA6
訊け君

宮崎西高校、すごいですね。初甲子園を決めたそうで。文武両道校。
ありえないことが、起こったおめでたいニュースなんですね。
訊け君が添付された読売新聞掲載の高校野球選手たちの
写真も見ました。爽やかないい顔した少年ばかり。

私は、このところ、眼が薄くなったせいか、若い子は、全員、イケメンに見えてしまう。
よろこぶべきか。
訊け君も、かっては、このような初々しい高校野球選手だったんですね。
出身校は別だけれど(笑)
宮崎西校、覚えておきましょう。

943a hope:2012/01/29(日) 11:59:46 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

神の子の値打(ねうち)を出すのは易しい


誰でもみんな「神の子」なのです。仏教の人なら「仏の子」だといっても同じことです。
人間が地上に生まれた目的は、「神の子」の値打を出し、「仏の子」の値打を出すためなのです。
学問的な言葉で言えば、人間の生活は神の生命の自己実現だということです。

しかし、そんな値打を出すことは難しいとお考えになりますか。
ちっとも難しいことはないのです。誰にも「神の子の値打」は生みつけられているのです。
既に「神の子の値打」が自分の中にあるのです。
自分の中にある値打ちを出すことは、蟇口(がまぐち)の中にあるお金を出すのと同じで、
易しい易しいことなのです。

この自分の中にある値打を「天才」と言い「天分」と申します。
「人格」と言うこともあります。「良心」と言うこともあります。
「神の子の値打」が智慧や才能のほうにあらわれたのが天才であり、天分であります。
「神の子の値打」が、人柄や心の善さの上にあらわれたのが、人格であり、良心であります。

自分の中に生みつけられている「神の子の値打」は、出そうと思えば楽に出るのです。
「神の子の値打」は出すように生みつけられているのですから、出さなければかえって苦しいのです。
たとえば、人間が善いことをするように、「神の子の値打」を生みつけられていますが、
その「神の子の値打」を出さないで悪い事をすれば、良心が苦しむのです。
「神の子の値打」は出すほど楽しく、出さぬほど苦しいのです。
だから善人はいつも楽しく、悪人はいつも苦しいのです。

「神の子の値打」が、智慧や才能の方にあらわれたら、学問がよくできます。
仕事がよくできます。
「神の子の値打」を出すように人間は造られているのですから、その値打が出た時には楽しいのです。
楽しいほかはないのです。
学問がよくできて出世した人にきいてごらんなさい、学問は楽しいと答えます。
仕事のよくできるお友だちに尋ねてごらんなさい、仕事は楽しいと答えます。
力は出すほど熱心になればなるほど楽しいのです。

勉強したがらない人、仕事をしたがらない人、そんな人は「神の子の値打」を出さないのですから楽しくないのです。
楽しくないから、なんとかして気を紛らわそうとして、いろいろ善くない遊びをするのです。
いろいろ善くない遊びをしても、それでは「神の子の値打」が出ないのですから、本心からは楽しくなれないのです。
遊んでいる間は気が紛れていますが、あとから良心が淋しくなって来て、またそれをごまかすために悪いことをするのです。
人間は「神の子の値打」を出さない限りは、いつまでも淋しくて、本心からは楽しくなれないのです。

こうして熱心に「神の子の値打」を出すことは、勉強をすることでも、仕事をすることでも、世の中のためになることでも、
人に深切にすることでも、少しも苦しいことではない、非常に楽しいことになるのです。

私達が、ただお金を得(う)るために、食べものを得るために、雨に濡れぬ住家(すみか)を得るために、
学校の点をとるために、勉強し、仕事をし、人に深切にするのであれば、勉強も、仕事も、深切も、面白くなくなります。
それは、その「ために」が間違っているからなのです。
私達は、自身の中に生みつけられている「神の子の値打」を出すこと、そのことが喜びであるから、
私達は仕事をし、勉強をし、深切をするのです。

「神の子の値打」を出すように生みつけられている私達は、「神の子の値打」を出すときだけが本当に楽しいのです。
どんなに貧しくとも、お金がなくとも、常に「神の子の値打」を出している人は楽しいけれども、どんなに金持ちでも、
位が高くとも自分の中に生みつけられている「神の子の値打」を出さないでいる人は楽しくないものです。

それでは、自分の中に生みつけられている「神の子の値打」を出すにはどうすれば好いか、その秘訣を次にお話しいたしましょう。

(つづく)

944a hope:2012/01/29(日) 12:18:33 ID:kcv2QXTk

復興Gさま

昨晩は、谷口雅春先生の 『生活と人間の再建』の「第11章 信仰生活の種々相」を、
前章紹介してくださり、本当にありがとうございました。

昨晩、就寝前に拝読し、今朝また拝読し、その真理の深さに感動しています。
これは、何度も読み返したいと思って、プリントアウトしてあります。

わたしは、拝読後に、神さまからこう言われているように感じました。

「神に任せよ。すべてはうまくいっているのだ。
たとえ、周囲の出来事がうまくいっていないようにみえても、動揺するな。
神を信じ、祈りつづけ、自分の魂を磨け。
自分の魂を磨くとは、すべてを赦すことだよ。」


マグダラのマリアのお話の所に来ると、涙があふれてきました。
谷口雅春先生は、キリストの大きな愛ですらも、本当に理解されていたのですね。

わたしは、この掲示板のみなさまに出会えたこと、
そして「生長の家」の教えに出会えたことに、心から感謝しています。

945a hope:2012/01/29(日) 12:24:12 ID:kcv2QXTk
訂正
上から4行目

前章→全章

946SAKURA:2012/01/29(日) 13:41:57 ID:zrpEHTE.
皆様
こんにちは…
今日は、此処九州は晴天です…。(詳しく申しますと?今のところは?でしょうか)

■神の導きを得る言葉

吾はいま吾を通じてはたらき給う内なる神の力に信頼する。
吾は内なる叡智に信頼する。
此の叡智は吾がものではない。
しかし又吾れを離れたる叡智でもない。
吾に宿り給うかみである。吾が霊魂は神と一体となって照り輝いている。
吾れは光り輝く自分である。
吾れはなお現在意識に於いてしらないが、
既に全智なる者は吾がうちに宿っているのである。
吾れ、此の問題に関して切に導かれんことを希う。
吾れは導かれる。
吾れは如何なる方法をとるが最善であるかを教えられるのである。
吾れはいま宇宙の叡智の創造的活動が、
此の問題に対して活動しつつあることを自覚する。
吾が求むる如くならしめたまうたことを感謝いたします。
神は適当な時期を選んで、吾れが何を為すべきか最も善きかを必ず
知らして下さるのである。吾れは吾が内に宿りて常に吾を導きたまう神に対して感謝いたします。 

いよいよ…明日は「裁決…」1月30日……

上記の言葉は「28日の経言ですが〜〜♫」今の私に取りましては…
“ピッタリ”とも言えますでしょうかしら〜〜ン…?

                            再合掌

947ももんが:2012/01/30(月) 08:14:06 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、寒いですですね。手足冷たい事、有ると思いますが、今日も、元気に明るく、楽しく、感謝、感謝で参りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

仏性の言ききて、学者おほく先尼外道の我のごとく邪計せり。それ、ひとにあはず、自己にあはず、師をみざるゆえなり。いたづらに風火の動著する心意識を仏性の覚知覚了とおもへり。たれかいふし、仏性に覚知覚了ありと。覚者知者はたとひ諸仏なりとも、仏性は覚知覚了にあらざるなり。いはんや諸仏を覚者覚知といふ覚知は、なんだちが云云の邪解を覚知とせず、風火の動静を覚知とするにあらず。ただ一両の仏面祖面、これ覚知なり。


〜以下つづく


今日、私の心に残る部分は、ここ。

<<仏性の言ききて、学者おほく先尼外道の我のごとく邪計せり。それ、ひとにあはず、自己にあはず、師をみざるゆえなり。いたづらに風火の動著する心意識を仏性の覚知覚了とおもへり。>>


『学者や仏教を良く知らない人々は、お釈迦や老師、祖師方と、同じ心目(完全な悟り)で、物事や心をみていないで、現象の姿に心を働かせて仏の教え、意識(心)と思っている』

と言うような、内容と、思われます。

さて、皆様、今日も寒いですから、暖かかくして、嬉しく、楽しく、明るく、元気に、お過ごし下さい。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

948a hope:2012/01/30(月) 12:25:12 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

自分の茶碗は自分で洗え


むかし趙州和尚(じょうしゅうおしょう)のもとで修行をしていた一人のお坊さんが、
ある日、和尚の前へ出て申しました。

「和尚さま、どうそこの私に、修行のことで何かためになるお言葉をお聞かせくださいませ。
私は、そのお言葉を守って、今後いっそう、勉強してまいりたいのでございます。」

趙州和尚は、じっとお坊さんの顔を見ながら、さて静かに口を開かれました。
「あなたは、今朝のお粥をいただきましたか?」
「はい、頂戴いたしました」と、お坊さんは答えながらも、少し意外の面持でした。
何か、よほど偉い立派なお教えでもいただけるかと待ちかまえていましたのに、
今朝、口にしたお粥の話なのですもの。

和尚は、しかし、頷くとこともなげに申されました。
「では、あなた、そのお茶碗を洗っていらっしゃい。」

ハッ!と、ここで、お坊さんはわかったのです。
なるほど、人間は、まずあたり前のことができるようでなければならぬ。
自分のたべた後のお茶碗ひとつ洗えないでは、本当に偉い人だとは言えないのだ。
また、本当に偉いことは、お祭りのように大げさで、花々しい、目立った事の中にあるのではない、
むしろかえって、最も目立たない、平凡な事、当り前の事の中にある。
人間はみんな神の子なのだから、当り前のことを、当り前に行っても、
その人は、それだけで、そのままで、もうちゃんと偉いのだ。
こう、そのお坊さんは、始めてわかったのです。

(つづく)


みなさま こんにちは

アマゾンで注文してした、「新編 生命の實相」が届いたので、早速拝読しています。
本当に、読みやすいですね。
「編者のはしがき」には、谷口雅春先生が、『生命の實相』を執筆されたいきさつが、詳しく説明されていて、
「生長の家」のことを、知らない人が読んでも、とてもわりやすいのではないかと思いました。

わたしは、毎日聖経で唱えているのに、この「新編 生命の實相」の『七つの燈台の点塔者』の神示を拝読すると、
感動して、魂が震えました。
「生長の家」を愛するたくさんの人々の願いと、谷口雅春先生の思いが込められた、聖典なのだと思いました。
これから、全巻そろえて行くのが本当に楽しみです。

949SAKURA:2012/01/30(月) 15:50:42 ID:a8mGNaAE
皆様こんにちは

【幸福を招く生活365章…】
      ■真理は人に伝える実践でよく解る

真理は、それを理解したように見えても真に完全に理解していない場合が
多いのである。真理はそれを実際に生活した場合に、
本当に深く理解されて来るのである。「人間本来病気なし」の真理も、
他人を真理によって導き、病気を本当に治して見せてはじめてその真理がわかるのである。座上の水練では駄目である。泳ぎ方を如何に書物で読んで見ても、
実際に水の中へ跳び込んで見て泳げない人は、真に泳ぎ方がわかっていないのである。
真理は人を救ける実践をして見て、真に理解出来るのである。
教えはわかったが商売に損をすると云うのでは何程をその人に真理が
わかっているかどうかあやしいものである。
                        ( 抜粋 )
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「今日の言葉…」から、ただひたすら〜〜“実践生活”です…ネ???
更に!先に述べました「a hope様」のお話も似たような“モノ”でしょうか…?
当たり前の事??でしょうか…?
「独身族の私…」ほど“料理…”は、当たり前のように〜〜♫〜〜
【日々交信!!】しながら…
“料理をエンジョイ”するのも当然“生活密着”ですものネ!

仕事の合間に…“頭の切り替えモ−ド”と致しまして…
“料理”は非常にいいものです。
気分転換に〜〜切り替えができますし、
何か「アイデア」とか「インスプレ−ション」もあり…やはり【日々更新…】
いつか「星の王子様」にも…と…

昨日は、夜遅く帰宅…「事務所にて簡単料理…」で済ませていましたから?
夜遅くの食事は…ストップ!!帰ってきてから〜〜♫〜〜
いろんな方の“メ−ルの返信”で…遅くなりましたが?
ある知人は、「姉妹の写真を見て、映画のシ−ンみた〜〜〜い?」

「亡き母の葬式」は、地味に済ませましたが…意外と荘厳な感じです〜〜♫
私もいつか〜何処からか〜「里子…」をもらいたい〜〜なぁと言います…と!
姉・妹は??“ブ−イング…”
更に!「葬儀屋の人…」も、反対でしたが……?
住職さんは、いいじゃない?と…うなずいて下さいましたが…。

■「雅春先生の言葉」から〜〜実践です〜〜ネ! 「実践組…突入」
                             再合掌

>「a hope 様」の言葉… 賛同で〜〜す。いつも楽しみに〜♫〜拝読させております…。

950トキ:2012/01/30(月) 19:29:24 ID:eJZeXtyk
>>947

ももんが様

 お返事が遅れて申し訳ありません。暖かいお言葉、深く感謝申し上げます。
ももんが様のお言葉のおかげで、心温かな日を過ごせました。

 さすがは先達だけあって、すばらしい文章を抜粋されますね。そう言えば、「嘆異抄」にも
似たような言葉がありました。(うろ覚えですが) これは、なかなか知ってはいても、実行は
難しい言葉だと思います。我々は、情報量で言えば、かってないほどの情報の海に住んでいますから
どうしても、現象に左右されてしまいます。

 脚下照顧、脚下照顧です。

  ありがとうございました。

951トキ:2012/01/30(月) 19:33:37 ID:eJZeXtyk
a hope 様

 趙州和尚の逸話は好きな話の一つです。最近は食器洗い機のお世話になることもありますが、
この話はよく思い出します。
 大切な話ですね。

 すばらしい逸話を紹介して下さり、深く感謝申し上げます。

合掌 ありがとうございます

952トキ:2012/01/30(月) 19:40:27 ID:eJZeXtyk
SAKURA 様

 料理は、心ですが、SAKURA様のような、心も体もきれいな方のつくる料理は
きっと食べる人に味以上のものを与えるでしょうね。

 ご教示の通り、水泳は畳の上ではダメで、実践しないと上手くなりません。
私も日々の生活の中で、精進を重ねていきたいと思います。

合掌 ありがとうございます

953ももんが:2012/01/30(月) 21:22:15 ID:XXCuaQns

無門関・第七即
『趙州洗鉢』
(本則)
『趙州、因みに、僧問う、それがしさに入叢林、乞う師示せよ。州云く、喫粥了や未だしや。僧云く、喫粥了。州云く、鉢盂を洗い去れ。其の僧省有り。』

上記が、本則の『趙州洗鉢』です。

少し、わかり安くすると?
(読み下し)

趙州:『お粥を食べたか?まだか?』

僧:『お粥を食べました!』

趙州:『お粥を食べたら食器を洗っておけ!』

僧は、忽ち、見性(悟り:自己の本性観た)した。


と?こうした、お話である。

『公案』としては、どんな、働きになってるいるのか?講話文を紹介します。

〜原田祖岳老師『無門関〜より

☆『僧云く、喫粥了也』“はい”頂きました。これでもう、問答は終わっているのだ。
天地は一つものだものな。食うべき時にお粥を頂く、外に何があるか。
語るべき時に語る、笑うべき時に笑う、泣くべきときに泣く、その他に何が残る。まだ気がつかぬかい。
『州云く、鉢盂を洗い去れ』お粥を頂いたら、鉢を洗って、しまうと所にチャンとしまいなさい。『其の僧省あり』なるほどと、その僧が廓然として眼がさめた。大悟大徹したのだ。〜


さて、つぎに、松原泰道先生の『公案夜話』から

☆〜趙州は、いとも親切に『粥をたべたか、それともまだかね?』と聞くのです。形は問いですが、実はこの趙州の問いの言葉が、教えの答えになっているのですが、この修行者の雲水には、いまだ、それが、わからないのです。〜


上記の松原先生の言葉が、本来の『公案』の言葉の真を知る、ポイントになっています。

先程、a hope様の掲載してくれた、『人生読本』と比較させてもらいます。

人生読本 谷口雅春先生著

自分の茶碗は自分で洗え


むかし趙州和尚(じょうしゅうおしょう)のもとで修行をしていた一人のお坊さんが、
ある日、和尚の前へ出て申しました。

「和尚さま、どうそこの私に、修行のことで何かためになるお言葉をお聞かせくださいませ。
私は、そのお言葉を守って、今後いっそう、勉強してまいりたいのでございます。」

<<趙州和尚は、じっとお坊さんの顔を見ながら、さて静かに口を開かれました。
「あなたは、今朝のお粥をいただきましたか?」
「はい、頂戴いたしました」と、お坊さんは答えながらも、少し意外の面持でした。
何か、よほど偉い立派なお教えでもいただけるかと待ちかまえていましたのに、
今朝、口にしたお粥の話なのですもの。

和尚は、しかし、頷くとこともなげに申されました。
「では、あなた、そのお茶碗を洗っていらっしゃい。」

ハッ!と、ここで、お坊さんはわかったのです。
なるほど、人間は、まずあたり前のことができるようでなければならぬ。
自分のたべた後のお茶碗ひとつ洗えないでは、本当に偉い人だとは言えないのだ。
また、本当に偉いことは、お祭りのように大げさで、花々しい、目立った事の中にあるのではない、
むしろかえって、最も目立たない、平凡な事、当り前の事の中にある。
人間はみんな神の子なのだから、当り前のことを、当り前に行っても、
その人は、それだけで、そのままで、もうちゃんと偉いのだ。
こう、そのお坊さんは、始めてわかったのです。>>

上の、谷口雅春先生の解釈は、大変素晴らしい解釈なのですが、松原先生や、原田祖岳老師が、言われてる、事とは、ニアンスが、ずれてしまってると言うことです。

趙州洗鉢の、真の狙いは、原田祖岳老師の示してる、『仏性を悟る』事を意味してる。生長の家なら、実相を悟る事に等しい。

『お粥を食べました』とは、自分の迷いや、曇りが、心に無い状態ですと、言う意味なんですよ。本当は、それが、解らないと、この公案は、さっぱり、解らないでしょ。

先日の『曹源の一滴水』も、全く、どうようです。
確かに、臨済宗のホームページには滴水老師の逸話が載っましたが、あれは、法話として、『曹源の一滴水』です。

少しだけ、解説すれば、曹源とは、六祖慧能大師から続く、禅の法脈の事。
そして、その法脈の一滴が、自己の本性にまで、貫いて、連面と変わらず、続いている事。
従って、六祖慧能大師の一滴は我であり、我は六祖慧能大師である。

その事実わ悟った、喜びが、『通玄峯頂、これ人間にあらず。心外無法、満目青山』
と言う詩になっている。

解って、いただけだであろか?

トキ様の言われた

『脚下照己』も、『脚元を見よ』と、普通、思われているが?実は、本来、もう少し、深い意味で、捉えている。
『脚下照己』=『自己の本性を見つめる』と言う意味で、使われる。

生長の家なら、『実相を観る』である。

トキ様、どうでありますか。

954ももんが:2012/01/30(月) 21:29:45 ID:XXCuaQns
>>953

訂正

◎→脚下照顧

×→脚下照己

955トキ:2012/01/30(月) 21:52:07 ID:eJZeXtyk
ももんが様

 ご投稿、ありがとうございました。

 禅宗の伝統的な解釈を御教示下さり、ありがとうございました。
 私は禅の事は詳しくないので、たいへん勉強になります。
確かに、禅宗の正当派の解釈と、生長の家の解釈では、違いは出る場合があると思います。しかし、それは
それで良いかと思います。

 例えば、浄土真宗での伝統的な考えでは、念仏を唱えたら人間は死んだら西方浄土に行って阿弥陀様に
救ってもらえる、という解釈をしております。生長の家では、違う考え方をしております。どちらが正しいか
どうかと解釈で喧嘩をするのではなくて、要はどちらが自分にフィットするか、どうか、という考え方
を持っています。

 もともと、仏教という教え自体が、釈尊の死後、上座部と大衆部に分裂し、いわゆる大乗仏教、小乗仏教
に分かれて伝わったという経過があります。日本に伝わった仏教のかなりの部分は釈尊の教えとは違う部分
があると言われています。が、それが現代まで残っているのは、やはりそれなりの必然性があっての事だと
思っています。

 余談ですが、少林寺拳法をしている有段者の友人から、部外者が読んでは行けないという「教本」を内緒
で見せてもらった事があります。少林寺拳法は、武道ですが、同時に金剛禅総本山少林寺という宗教で、禅宗
の一派らしいです。少林寺拳法の開祖は、戦争中、軍の特務機関に所属してて少林寺で修行した人ですが、
彼に言わせると、現代の禅などはおかしい点がある、と断言しています。
 が、私はこれも偏った考え方だと思います。

 つまり、同じ聖典を読んでも、基督教だとカソリックとプロテスタントでは解釈が違うし、イスラム教でも
宗派が異なります。伝統仏教でもそういう現象が起こっております。ただ、それは、その人の内在の神様が
その人に適する様にご指導をされた結果だと思います。伝統的な禅宗の解釈も尊敬しなければいけませんが、
同じ聖典を生長の家という観点から解釈をしたら、どうなるか、という意味でとらえております。

 その意味では、伝統的な解釈は尊敬し、理解する事は大事ですが、その上で、自分達はどう考えるか、
生活に生かすか、という考え方が大切だと思っております。

 貴重なご提示を頂戴した事をあらためて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

合掌 ありがとうございます

956ももんが:2012/01/30(月) 21:58:26 ID:XXCuaQns
>>950

トキ様へ

トキ様、御投稿、有り難うございます。合掌、拝。

お褒め賜り、有り難うございます。
清超先生のような、読み下しに出来た良いのですが、中々無理ですね。

私として、正法眼蔵は、生がいいですね。

あと、先日、たのサイトを読んでました。『清超先生、雅宣先生は、雅春先生の行き過ぎた、憲法解釈や愛国運動を改革するのに、たいへだ』見たな、生長の家関係者のサイトが、ありました。

ここは、本流系的ですが、教団系サイトも存在する事が、わかりました。なんで、同じ土俵には、立たないでしょ?仲間内だけで、どうちらも、騒いでるのですね。私は、訳が解らなくなりそうです?

上の話は、どうでも、良くてですね。

先日『トマスの福音書』、トキ様紹介してくれましたね?
あれは、キリスト教系グノシス教団の福音書らしいですね?

トキ様は、グノシス主義てしってますか?『光』と『闇』の良法を信仰の教義の中に入れてる教団です。

トキ様が、生長の家に似てると思ったのは、グノシス教団の『光』の部分でしょ?
グノシス教団には、『闇』が存在するらしいですね?
イメージ的に言うと、スターウォーズの、ジェダイとシスの関係に似てます。
光明思想も以前は、カトリックから、再生したグノシス教団と思われていて、カトリックは、撲滅を考えていたと、ある本で、読みました。

カトリックは、グノシスを邪教と見てます。

生長の家?グノシスに認定されないといいですね。怖い話です。


明日は、裁判ですね。どちらに、しても、吉報お待ちしてます。ありがとうございます。
感謝敬白、合掌、拝。

957トキ:2012/01/30(月) 22:15:13 ID:eJZeXtyk
>>956

ももんが様

 グノーシス教団の話は、興味深いですね。カソリックは「あまねく広まった」という
意味だと高校時代に習いましたが、独占ではなかったのですね。フランスのある教会に
グノーシスの遺跡があり、バチカンも神経質になっていた、と本で読んだ事があります。

 明日、判決ですね。どちらが勝つにしろ、争いは寂しいです。円満な解決になることを
祈っております。

合掌 ありがとうございます

959SAKURA:2012/01/30(月) 22:17:12 ID:q6U452WU
トキ様 へ

“お返事” ありがとうございます…。

> ご教示の通り、水泳は畳の上ではダメで、実践しないと上手くなりません。
私も日々の生活の中で、精進を重ねていきたいと思います。<

そうなんですョ〜ネ!
私も「ダイエット」は“日々更新中…”ですが??
【頭脳中でのレッスン】??は…駄目ですね???
今日は「オフタイム…日」でしたので…^^
【ダイエットおからリンゴケーキ…】を作りました…。

しかも〜〜〜♫
ノンオイル・ノンフラワ−…です“モノ”…糖分も控えめなのですが〜〜><
これも料理ブックを参考にしても…実際“肥満”では意味ないです〜ネ!!
しかと……【反省】!!(ケーキ投稿!!)

どうして〜このよう〜になるのかしら〜〜ン??
そうなのです…!
「実践…不足」なのです…ネ。

只今より!!「ウォ−キング…」ゴ−!!ゴ−!!
私の…同伴は…「ナンシ−」と一緒に??? ルン〜ルン〜♫

                             再合掌

960SAKURA:2012/01/30(月) 22:22:30 ID:q6U452WU
トキ様 へ

958>の投稿…
【 SAKURA】の名前で投稿しましたのに…
また!!また!!「神の子…」さんの“ネーム”での投稿にされてますので…
変!変!〜〜〜〜〜〜〜〜変!!

■デリ−ト!!!!!お願い致します…。    再合掌

961ももんが:2012/01/31(火) 07:14:29 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、寒いですが、素晴らしい朝が、やって参りました。今日も、元気に、明るく、楽しく、感謝感謝で、参りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜


往々に古老先徳、あるいは西天に往還し、あるいは人天を化道する、漢唐より宋朝にいたるまたで、稲麻竹葦のごくなる、おほく風火の動著を仏性知覚とおもへる、あはれむべし、学道転疎なるによりて、いま失誤あり。いま仏道の晩学初心、しかあるべからず。


〜以下つづく。



今日、私の心に残る文章は
<<稲麻竹葦のごくなる、おほく風火の動著を仏性知覚とおもへる、あはれむべし、学道転疎なるによりて、いま失誤あり。>>

(私的意訳)

『多くの大衆の姿や世の中の動きや社会現象、また、物質現象の世界の動きを、仏性(心)の動きであり、仏の悟りであると、思うのは、哀れむことである。それは、過って仏教を捉えている為であり、今の仏教の誤りがある。』


最後の部分が、少し、難しかったです。


皆様、御寒いです。手足冷たいので、暖かかくして、お出かけ下さい。ありがとうございます。合掌、拝。

962a hope:2012/01/31(火) 10:21:58 ID:kcv2QXTk
人生読本 谷口雅春先生著

どんな仕事も神の仕事


皆さん、この世のことは、みんな心の所現(あらわれ)です。
食後のお茶碗ばかりのことではありません。
茶碗は女中さんがいて洗ってくれる家(うち)では、
茶碗を主人や坊ちゃんが洗わねばならぬことはない。
しかし机の抽(ひ)き出しの始末も、履物のぬぎ方にも、
みんな私たち自身の心のあらわれるものなのです。
その一々のお始末は、そのままに私たち自身の「心のお始末」なのです。

ですから、そのお始末は、決しておろそかにはできない、決して他人まかせにはできないのです。
ひとつひとつ、みんな立派な、自分の内にやどっている神様の力を生かすお仕事なのです。
これが、ほんとうにわかった人こそ、ほんとうに偉い人だといえるのですよ。

皆さん、「自分のお茶碗は自分で洗え」と言った趙州(じょうしゅう)和尚も偉ければ、
ハッ!とわかって、すぐにお茶碗を洗いにもどったお坊さんも偉い方でした。
むかしキリストは、お弟子の足を洗ってあげたという話です。
外国でも日本でも、ほんとうに偉い人達は、いつも一見、こんなに卑しい、
つまらない、小さい、目だたないように見える仕事を喜んでして、
自分を、自分の「心」を琢(みが)き磨いて行かれたのです。

何もかも、みんな神さまのお仕事なのです。
神さまのお仕事には、小さいも卑しいもない。
どれもこれもみんな大きい、輝かな、偉いお仕事なのです。

さあ、「今」から自分の身の廻りの仕事は自分でいたしましょう。
家庭で、学校で、工場で、田畑で、「今」の仕事、「今」の身の廻りのこと、
「今」の自分にできる小さな仕事、「今」の最も当り前のことから、
これを愛して、一心に努め励んで行きましょうね。
これだけで、わずかにそれだけのことで、自分の気持がどんなに好いことでしょう。
また皆さんの御両親が、家族が、神様が、どんなにおよろこびになることでしょう。
どんなに家庭(おうち)が、田畑が、工場が、この日本の国が、美しく明るくなることでしょう。
――― いいえ、何よりも「今」皆さん御自身がどんなに明るく強く楽しくおなりになることでしょう。

(つづく)




みなさま おはようございます。

今朝もウォーキングに行ってきましたよ!
梅のつぼみが日に日に膨らんでいくのを見るのが楽しみな a hope です。

今朝は、小学校のグランドで、子どもたちがリレーをしていました。
「がんばれ〜!がんばれ〜!」とインフルエンザ菌も逃げて行きそうな、元気な声が響いていました。

子どもって、やっぱりかわいいですね。

963SAKURA:2012/01/31(火) 13:34:39 ID:7GELNOHk
皆様へ
こんにちは・・・・・

幸福を招く365章
■神に祈る心が神である

自分の心で、自分のイライラする心を
放逐しようと思っても駄目の皮だ。
イライラしている自分の心でイライラしている
自分の心を放逐しようとすることは、
火のついた巻き煙草を握っている手で、
煙草の煙を払うようなもので、
益々激しく煙草の煙が渦巻くだけである。
イライラする心を無くするには、本来イライラしない心を
出して来なければならないのである。
それでは本来イライラしない心を
どうしたら出して来ることが出来るか。
それは自分の中の「仏性」を出して来ることであり、
自分の「神性」を出して来ることである。
その自分の中の「仏性」「神性」を出して来るには、
仏を念ずるか、神に祈るかするのが好いのである。
「神に祈る心」そのものが神があらわれているのであり、
「念仏する心」そのものが仏があらわれているのである。
そして神があらわれ、仏があらわればあなたは自然に健康になるのである。
                            谷口雅春著
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は、煙草は吸いませんが……されている方は、このような心境なのでしょうか?
まぁ〜〜“一つの例”を、いろいろな言葉で表現されていますから……

私の場合は【黒幕デザイナ−・吸血鬼・ゾンビ達…】の執拗な嫌がらせがあり、
現在もですが…それが“原因”で仕事にも影響が起きるたびに
“イライラ〜♫”しまして…“心”が、なかなか“神”に振り向ける事が…
先延ばしになる事も?その様な時は、
やはり!「祈る」…軽く「イメ−ジトレ−ニング…」しまして、
【神想観=瞑想】に入ります…。
“心が平安”になりますから…「不思議なアリス…」

さて!今日の 「a hope様の言葉」から…やはり“心が平安”なら…
部屋もきれいな事と、当にその通りだと思います…。

東京在中のさなか、千葉の行徳に居住致しておりました頃の事…
近くの日曜大工のお店に、行く途中…
いろんな“マンション”がありまして…
“マンションのベランダ”・“部屋の中”が、見えます…。
そこには各家庭の状況が、如実に浮かび上がります〜ネ!
ある家庭は??ごちゃごちゃして…更にベランダは“ゴミベランダ”でした…。

現在の居住マンションは「4LDKマンション…中古」ですが…それなりに…
当時の私は、「木造2LDKのアパ−ト」でしたから“羨望感“かも〜〜〜♫
でも何故??“きちんと整理”しないのかしら〜〜ン?
と思って見ていましたが…?
今思いますと…豊かになりますと、それなりに“悩み”も増えるのでしょう?
彼らは、更に身の回りに、目が行き届かないのでしょうか…?

でも、このような時にこそ「精神統一」されますと、部屋もきれいにクリ−ン!
私も“部屋の中”は、他人にいつでも見せても恥ずかしくない様に…
身の回りの“整理整頓”はしておりますが……?
そぅ〜〜ですネ〜♫ 確かに…当たり前が一番素晴らしいです〜ネ!
「イライラ〜♫ 」…生活状態も“崩壊”します〜〜ネ!
アブナイ〜〜アブナイ〜〜アブナイ〜〜!!!
この様に、「心はいつも…スカイ ブル−!!」 スィツチ オン 〜♫

昨日は、久しぶりに…【ダイエットおから・リンゴケーキ】を、クッキング!!
毎日!!毎日!!〜〜〜〜日々更新の「SAKURA」で〜〜〜〜す。
                          再合掌

PS:「谷口雅春先生のお言葉…」生活に何らかの困難が起きました時…
先生の言葉から、解決の“ヒント…”が、いつも得られます〜〜☆
やはり「真理の言葉…」だからですよ〜〜ネ!

■ 真理は汝を自由ならしめん!!!!!!
そして、今日の「裁決…結果」が…
■ 「大調和の神示」生長の家…の根本理念が反映されます事を…“祈り”ます。

964恥の上塗り:2012/01/31(火) 16:45:42 ID:Hv3JI8.6


2012年1月31日



生長の家社会事業団等との訴訟の判決について
宗教法人「生長の家」
代表役員 磯部 和男 

当法人及び谷口恵美子先生は、財団法人生長の家社会事業団並びに株式会社光明思想社に対して、①『生命の實相』黒布表紙版の著作権が当法人に帰属することを前提とする『古事記と日本国の世界的使命』の出版の差し止め等、②『古事記と日本国の世界的使命』の出版は、谷口雅春先生が存命であればその著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為に該当し、谷口雅春先生の意を害するものであるから、著作権法第60条に違反する、③当法人と生長の家社会事業団との間には、生長の家社会事業団に著作権名義が帰属する書籍について、当法人が著作権を管理することの合意がある、という主張、請求をし、訴訟を提起しています。

これについて、2012年1月31日、知的財産高等裁判所において判決がありましたが、残念ながら、当方の控訴はいずれも棄却されました。当法人としては、最高裁判所への上告を検討しています。

以上

965トキ:2012/01/31(火) 21:10:22 ID:A/De9yn6
ももんが様

 なかなか難しい部分を引用されますね。感心します。ももんが様のような先達
を目標にして精進を重ねたいです。

 こういう信仰は、学問は大事ですが、学問だけでは本当に”分かる”というところ
までいかないのでしょうね。寒い日が続きますが、ももんが様のお言葉を励みに
素晴らしい日を送りたいと思います。

 すばらしいお言葉に感謝申し上げます。ありがとうございます。

合掌 ありがとうございます

966a hope:2012/02/01(水) 09:23:56 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

葉が落ちるのは根を養うため


冬になって葉が落ちるのは、根を養うためです。
根が養われれば、次の春には、前よりいっそう枝葉が栄えます。
枝葉ばかりが栄えようと思って、根を培う心がなくなれば枝葉そのものも枯れてしまいます。
根があって枝葉があるのです。
親があって、子があるのです。
親は根で、子孫は枝葉ですから、栄えようと思うものは親を大切にせねばなりません。
親を大切に思う心は根を培い、ひいては自分の生命を延ばす本(もと)になるのです。どんな子が親を思うよりも以上に、親は子を愛しているのです。

(次回、第三章へ)




みなさま おはようございます。

a hopeは、また、急用がはいりました。
数日間、書き込みをお休みさせていただきます。
それでは、わたしの大切な「生長の家」のみなさま、和解へ向けて有意義なお話合いを、どうぞ、よろしくお願いいたします。

967ももんが:2012/02/01(水) 12:55:24 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは。今日は、休みの為、のんびりと、時を過ごして降ります。今日は、日が暖かかく、初春を思わせる日の光です。大分、梅などの花も膨らみ始めました。
さあ、今日も、一日、日の光を浴びて、明るく、元気に、がんばっていきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

たとひ覚知を学習すとも、覚知は動著にあらざるなり。たとひ動著を学習すとも、動著は恁麼にあらざるなり。もし真箇の動著を会取することあらば、真箇の覚知覚了を会取すべきなり。仏之与性、達彼達此《仏と性と、彼に達し、此に達す》なり。仏性かならず悉有なり、悉有は仏性なるがゆえに。悉有は百雑砕にあらず、一条鉄にあらず。拈拳頭なるがゆえに大小にあらず。すでに仏性と斉肩すべからず。


〜以下つづく。


私の今日心残る言葉

《たとひ覚知を学習すとも、覚知は動著にあらざるなり。たとひ動著を学習すとも、動著は恁麼にあらざるなり。もし真箇の動著を会取することあらば、真箇の覚知覚了を会取すべきなり》


(私の意訳)

『例え、仏性、仏の智恵(人間神の子、内在の実相、神の智恵)の働きを、文書や本で学問的に学んでも、現象(心意識の働き)を学なんでいるのであって、現象(心意識の働き)の働き、仏の智恵の働きではない。もし、真の現象(心意識の働き)を手にいれたくば、仏の智恵、仏性(人間神の子、内在の実相、神の智恵)を直に手に入れることである。』


今日も、大変難しかったです。

特に、最後の『私の意訳』で『直に手に入れる事』=『坐禅したり、神想観したり、黙想したりて、《自己の本性、霊性》に出会う』事を意味してると、思われたので、書きました。

解釈ではなく、誰でも出来る体験です。

文書にするのには、なかなか、難しかったです。

私的意訳ですから、余り気になさらないでください。
其れでは、皆様、今日も、一日、元気に、明るく、楽しく、がんばって、いきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

968ももんが:2012/02/01(水) 14:34:28 ID:XXCuaQns
トキ様

トキ様、何時も『正法眼蔵』読んで下さりありがとうございます。合掌、拝。

トキ様に、先達などとは呼ばれて、恐縮しております。

昨日は、掲示板では、『裁判のお話』で皆様、やはり、『何時も意見でしたね』私が、一番嫌気が、さしてるが、前回の様に、“勝った宣伝”して、“月刊誌”を、今の信徒に、送り付ける行為をしてくるところです。

私としては”負けた“教団も、勝った“事業団”も、その辺の事も含めて、話合うべきと思います。

あの様な、行為をされると、本当に、嫌な気持ちにさせられます。

一個人としては、教団と事業団が、同じテーブルに付き、双方が、話し合うことが、大切だとは、思います。

トキ様は、グーノシス教団と、現在の光明思想の教団と、似てると、思いますか?

私が、読んだ、本では、悪魔の儀式のような事を、グーノシス教団は、していたと、書いてありました。

グーノシスは、ゾロアスター教の流れにあるようですね。

仏典に、阿修羅が、出てきますが、あの、阿修羅が、ゾロアスター教の神様の変形だと、本で読みました。
阿修羅は、正義感を振りかざす神で、戦いの神です。正義と正義が、ぶつかるから、戦いが、生まれるのですね。

では、トキ様、掲示板の事、本部の事、裁判の事、色々、心労大変と思いますが、体調にきおつけて、がんばって下さい。合掌、拝

969ももんが:2012/02/01(水) 14:48:44 ID:XXCuaQns
>>966
a hope様

a hope様の、人生読本何時も、拝読させてもらっております。ありがとうございます。合掌、拝。


人生読本は、私も持っておりますが、できますなら、a hope様御自身の『実相の眼』を持って、『実相を現した言葉』を教えて頂きたく、思います。

余談でしたが、これからも、人生読本、楽しみに拝読いたします。

ありがとうございます。合掌、拝。

971トキ:2012/02/01(水) 16:20:24 ID:gsg6uw32
ももんが様

 ご丁寧なご意見、恐縮いたします。グノーシス教団の件は宗教のあり方を考えさせられます。また、
基督教の本当に教えについての話ですから、歴史的にも興味を持っています。本当の事がどんどんと
分かって来るのは面白いです。
 紀元前に成立したグーノシス教団と生長の家との間に大きな差があるのは当然ですが、ドグマチックな
解釈ではなくて、信仰についてリベラルな解釈をしたという点は両者に共通した点だと思っています。
 ただ、トマスによる福音書が、伝統的な基督教の間では、未だ異端とされている現状では、安易にグーノシス教団
に言及するのは、生長の家という教団の立場では、慎重になる必要はあると思っています。

 判決については、予想通りでしたから、それ自体は驚いていません。ただ、ここまで争いになった事は
とても残念です。
 和解は、信仰面の理由から推進をしておりましたが、もはや、この場面に至っては、教団側が生き残る唯一の
手段であると思います。社会事業団が要求する事は基本的に受け入れ、かつ教団の方針の修正も含めて譲歩しても
和解は必要です。そうでなければ、確実に教団は破綻するでしょう。
 具体的には、謝罪を総裁の名前ではなく、理事長の磯部和男氏の名前で行うとか、生命の実相を教団の最重要
経典と改めて発表し、大きな行事での使用を義務化するなどの内容が考えられます。社会事業団側が理事のイスを
要求したら,1名程度なら受け入れてもよいと思います。光明思想社については、販売権の借用をする代わりに売り上げの相当分
を支払うという条件が考えられます

 以上の条件をつめて、とりあえずは争いを止め、その上で両者の和解について、話し合いを始める必要はあると
思います。なお、その時点で、参議、理事は更迭の必要があると思います。その際、新しい人材は、本流復活派と
話し合いができる人達であることが大事だと思います。

 私個人は総裁の追放を叫ぶ人間ではないですが、和解を考えるなら、本部の従来の方針を修正する必要はあると
思います。また、副総裁人事も、本流復活派も教団側も納得する人を選ぶ方法があります。場合によっては、複数
の人を選んでもよいと思います。この面での話し合いは時間をかけて行う必要はあると思います。

 大事な事は、和解に際して、外部の人間が容喙するような事がないようにしなければなりません。
 かなりいかがわしい人物が、利己的な動機で動いているとも聞いております。そういう人達に信徒の浄財が流れ
ないよう、注意する必要はあると思います。

 以上、簡単な感想でした。

 今後とも、ももんが様のご指導を期待しております。

合掌 ありがとうございます

972SAKURA:2012/02/01(水) 16:37:13 ID:FEa/NNlc
皆様へ
こんにちは……

【栄える生活365章】
■あなたは宇宙に対して絶対価値をもつ

神は “無限”であるが、神は “あなた”一個を自己から欠くことが起これば、
最早 “無限”よりも “あなた”という一個を不足したものとなるのである。
あなたは、それゆえ、神にとって欠くべからざる 
“絶対価値”としての存在であるのである。
あなたは、あなた自身の絶対価値を信じなければならない。
あなたは全宇宙に於いて、かけがえない存在なのである。
唯一人、あなたと同じ個性をもった存在もなければ、
唯一人あなたの代用となる存在もないのである。
あなたが全宇宙に於いて為し得る “生き方”を誰も代行することは出来ないし、
また宇宙に於てあなたの貢献し得る仕事を誰も同じように
貢献することはできないのである。
あなたはこの点に於て、宇宙に対して絶対価値である。あなたは神に対して
唯一の絶対価値者である。この事を自覚して、あなたは自己を信じ、
自己という存在に生き甲斐を感じなければならぬ。
                            谷口雅春著

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

今回の「裁判…」は、“現象”として見つめますと……
【絶対!一元の世界は、不足した事になりますから〜♫〜
“無限”ではなく“現象”としての結果…!
どんな時にも〜どんな時にも〜♫〜【神一元】…振り向けること!!

その思いが…「宇宙」に伝わりまして“形”として現れる…。
「三界は唯心所現…」なのです〜〜〜ョネ!!
今!行動している事の“目標設定”を信じて「絶対価値!!」

一元の世界へ展開できるように…繰り返し〜〜繰り返し〜〜【想念】です〜ネ!!
一元の世界ですから…「勝敗…」は、ないのです〜〜〜ョネ!

                               再合掌

973ももんが:2012/02/02(木) 10:37:29 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちわ。暖かい日が、続きますね。日時計日記の日時計の様なお日様のもと、今日も、明るく、楽しく、笑顔で、感謝感謝で、参りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)


〜正法眼蔵・仏性〜


ある一類おもはく、仏性は草木の種子のごとし。法雨のうるひしきりにうるほすとき、芽茎生長し、枝葉花菓もすことあり。果実さらに種子をはらめり。かくのことく見解する、凡夫の情量なり。たとひかくのごとく見解すとも、種子および花菓、ともに条々の赤心なり参究すべし。果裏に種子あり、種子みえざれども根茎等を生ず。あつめざれどもそこばくの枝条大因となれる、内外の輪にあらず、古今の時に不空なり。しかあれば、たとひ凡夫の見解に一任すとも、根茎枝葉みな同生し同死し、同悉有なる仏性なるべし。


今日、心に残る部分は…

<<果裏に種子あり、種子みえざれども根茎等を生ず。あつめざれどもそこばくの枝条大因となれる、内外の輪にあらず、古今の時に不空なり。しかあれば、たとひ凡夫の見解に一任すとも、根茎枝葉みな同生し同死し、同悉有なる仏性なるべし。>>


《私的意訳》

『果実の裏に、種が残ってる《張り付いてる》ことがある。種は、見えないが、茎枝葉が、やがて、生えてくることがある。人的に集め無くても、自然に枝葉の生えてくる基になるのである。心の外、心の内に有る、無しにあるのでは、無い。過去と現在に何か、有るわけわけでは無い。例え、誰の見解に、云わせてみても、茎枝葉の同生《生因果》も、同死《死因果》も、同じ、完全な仏性の現れである。《完全な生命の実相の現れである。》


今日も、大変、難しかったのですが、私なりの、印象で書きました。

さあ、今日も、暖かいですから。明るく、楽しく、お過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

974ももんが:2012/02/02(木) 11:55:56 ID:XXCuaQns
>>971

トキ様

トキ様、本部のこと、掲示板の事、色々と多忙で、大変な事と、御察しもうしあげます。ありがとうございます。合掌、拝。


しかし、グーノシス教団と現代光明思想の関係は、良く似た面もあるし、カトリックは現在も邪教探しみたなことしてるとしたら?怖いお話ですね。


トキさまの『事業団』あての、『和解メッセージ』読みました。

昨日、チョト身内と話すことがあり、この話題もしたら、逆に、トキさまのメッセージとは、反対の内容の意外な、回答が、来ました。

ここで、発表するのは、控えますが、私は『成る程』と思いました。


手品には、シカケが、ありますが、これも、手品の一種と観てる方は、可なりいるようです。


花は、日一日と、膨らみをまします。来ない春は無いと言う言葉が、私は、大変好きです。

トキさま、御心労増す、一句に成ったら、御許し下さり。単なる、戯れ言です。
ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

975元職員:2012/02/02(木) 13:31:24 ID:???
ももんがさんへ

トキ様と会話中ですが、ここは誰もが参加できる(見ている)掲示板なので
申し上げます。

>>昨日、チョト身内と話すことがあり、この話題もしたら、逆に、トキさまのメッセージとは、反対の内容の意外な、回答が、来ました。

ここで、発表するのは、控えますが、私は『成る程』と思いました。
手品には、シカケが、ありますが、これも、手品の一種と観てる方は、可なりいるようです。>>

 貴殿のお身内さんとお話になられた内容を書かないのはどうしてですか
トキさんの意見に反対の立場に『成る程』と思ったと言うならば書かなければ話になりませんよ
今、皆さん大真面目に「生長の家」の現実を心配して意見を書き込んでいるのです。

 貴殿の書き込みは、いかにも思わせぶりの不誠実な書き込みに思えます。

折角匿名なのだから、お身内さんの意見を是非発表してください。
そうしないと何一つ説得力がありませんよ。

976うのはな:2012/02/02(木) 14:09:22 ID:El6gIMAw

ももんがさんへ。 ももんがさんの人格内面などを批判するために書いてるのではありません。
上の元職員さんのそれでは説得力がないといわれるとおりだと思います。
もっとつっこんで話してみてください。

ももんがさんは、外野から「こうしたほうが御得では?」「こうしたことを検討されてみては?と
他のレスを引用しながらやいやい小理屈を言ってるだけの人とちがって、
実際現場で行もすれば研鑽もされてきた方だと思うので。ぜひそういう人の意見を
お聞かせ願えればと思います。

977ももんが:2012/02/02(木) 15:51:06 ID:XXCuaQns
元職員様

元職員様、トキ様への御返事文を、お読み下さり、ありがとうございます。合掌、拝。

そして、また、得意の言葉使いで、気にいらない人間を追求していく。下記の文面が、元職員様の心を如実に表現しております。

《元職員様の言葉》

《 貴殿のお身内さんとお話になられた内容を書かないのはどうしてですか
トキさんの意見に反対の立場に『成る程』と思ったと言うならば書かなければ話になりませんよ
今、皆さん大真面目に「生長の家」の現実を心配して意見を書き込んでいるのです。

 貴殿の書き込みは、いかにも思わせぶりの不誠実な書き込みに思えます。

折角匿名なのだから、お身内さんの意見を是非発表してください。
そうしないと何一つ説得力がありませんよ。》


上の言葉を、『トキ様』が云われたとしても、(トキ様はモット丁寧語で、云われます。)
私として、プライバシーを確保出来ないので、さけます。

確かに、違う見方は、存在しますが、そんな事をここで、お話は、しません。


どう、とられても、私は、今まで、この中で、された、出来事が、色々な、勉強に成ってますから、卑怯と云われようと、詰られようと、それは、仕方のない事だと、思います。


次元の違う話と、云われるでありましょうが?
以前、元職員様?
『自己の退職理由を明確に、お話にはならなかった?』ですね?

それから、

『ID:???』を使い続けてますね?

『ID:???』は、登録制だと、以前聞いた事があります。大変、規制・規則にやかましように、聞きました。
別に、上記の事は、どうでも、良い事です。

元職員様は、大変な先達なのですから、『全てに間違いの無い』御自分を我々に、手本として、示してください。

私は、指摘されるよりも、元職員様の、全ての行いに注目し見習いながら、学ばせていただきます。私にも、納得できる、行いをされますように、お願いします。

では、では、辛口のコメントありがとうございました。また、よろしくお願いたします。感謝敬白、合掌。

978ももんが:2012/02/02(木) 16:05:56 ID:XXCuaQns
>>976
うのはなさん

うのはなさん、有難う。合掌、拝。

でも、話はしません。本流思考でないと、納得できない人には、話しはしません。

私の中では、本流派へ疑惑は強いです。

だって、現実と違うことばからり、掲示板で見る度に、変だなと、思うよ。

うのちゃん、ありがとう、感謝敬白、合掌、拝。

979トキ:2012/02/02(木) 16:23:57 ID:o3pB3qgY
ももんが様

 ご丁寧なお返事に御礼を申し上げます。コウモリと改名しようかと考えている、トキでございます。

 手品のネタは興味がありますが、あえて質問はしません。だって、教えてもらえそうにないですから(笑)
まあ、考えたら、私の1年間の契約の話も手品みたいなものです。

 御教示の手品が、裁判の事か、それとももっと大きな和解の枠組みの事か、私は知りません。ただ、今回の騒動は
広く信徒に知れ渡ってしまいました。また、インターネットがありますから、教団が内緒にしようとしても、情報
は漏洩し、信徒に知れ渡ってしまう状態になりました。
 また、手品の内容が、あまりにも酷いものだと、これが逆に火に油を注ぐ話になりかねません。
 仮に、正しい手品を使って小康状態になっても、信徒も見ていますから、本筋で下手な事をすると、事態を悪化させる
危険性もあります。手品を使ってもいいですが、正々堂々の和解をしないと、根本的な解決にはならないのではないか、と
いう印象を持っています。

 ただ、肝心の教団上層部の考え方が見えてきません。ももんが様は、大先達のようですから、機会がありましたら、
彼らに手品を教えて差し上げるのもよいかもしれません。また、時期が来たら、私達にもネタを教えて下さい。

合掌 ありがとうございます

980ももんが:2012/02/02(木) 18:09:01 ID:XXCuaQns
>>979

トキ様

トキ様、丁寧お言葉、ありがとうございました。合掌、拝。

<< ただ、肝心の教団上層部の考え方が見えてきません。ももんが様は、大先達のようですから、機会がありましたら、
彼らに手品を教えて差し上げるのもよいかもしれません。また、時期が来たら、私達にもネタを教えて下さい。>>

また、また、”大先達“等と、勿体ない、お言葉、皆様に、頭が下がる思いで、ございますから、余り使われませんように、お願いいたします。
恥ずかしいです。


”手品のネタ“は、トキ様と直に、本部の受付のお姉様の前ででも、お話できたら、楽しいですね。

無理でしょうね。

聞いたら、笑われてしまうかもしれませんね。


あと、トキ様?

『法燈継承の真義』の御文章は、トキ様的に、どの様に、解釈していられますか?

あれは、清超大聖師の御文章で、雅春大聖師も公認と、私は、思ってるですか?

間違いでしょか?

宜しく、御至難下さい。

感謝敬白、合掌、拝

981志恩:2012/02/02(木) 18:47:56 ID:.QY5jUA6
元職員さま、うのはなさま

ももんがさまに、疑問点を質問したら、またいつもの調子で、はぐらかされてしまいましたね(笑)
疑問点は、放っとかないで、質問することが、ここをご覧の皆様に対するしんせつな
行いだと思います。私も、知りたかったので、
よく質問してくださったと感謝しております。

とにかく、ももんがさまは、昨日、”身内の方”と、話したのでした。。

話した際、話題になった内容は、トキさまの「事業団」宛の、【和解メッセージ】,,,それとは,反対の内容の以外な
回答があった。
 ヒント=手品には、仕掛けがあるように、いま、教団がしている行いには、手品と同じく、実は、裏に仕掛けが、
 仕組まれているのだ。

 手品の一種と観ている(たぶん、教団上層部でしょう)人は、かなり居る。
それの種明かしは、ここでは,言えないよ。

 ということでしょうか。

思うに、このような裏のうちうちの話は、一般信徒相手では、しませんから、ももんがさまが、昨日、話した相手は、
いつも公園管理をされているというお仲間の人ではなく、生長の家教団内部の事情に精通したお方だと察しられます。

あとは、手品の仕掛けが、私達の眼の前にも見えるように展開されるであろう日を、たのしみに、
皆様とともに、お待ちしていましょう。

私も、仏教の大先達の、ももんがさまに、教えていただきたいことが、ございますので、後ほど別に書かせて頂きます。
そのせつには、よろしくご指導のほど、おねがいします。

982ももんが:2012/02/02(木) 19:26:01 ID:XXCuaQns

志恩女史

志恩様、休戦中にも関わらず、デシャバていたただき、ありがとうございます。合掌、拝。

私は、志恩様と、今のところ、一言も話そうとは、思いませでしたが、志恩様の、何時もような、づうづうしい下記のコメント、只、恐れ入る、ばかりです。


《志恩様の言葉》

<<元職員さま、うのはなさま

ももんがさまに、疑問点を質問したら、またいつもの調子で、はぐらかされてしまいましたね(笑)
疑問点は、放っとかないで、質問することが、ここをご覧の皆様に対するしんせつな
行いだと思います。私も、知りたかったので、
よく質問してくださったと感謝しております。

とにかく、ももんがさまは、昨日、”身内の方”と、話したのでした。。

話した際、話題になった内容は、トキさまの「事業団」宛の、【和解メッセージ】,,,それとは,反対の内容の以外な
回答があった。
 ヒント=手品には、仕掛けがあるように、いま、教団がしている行いには、手品と同じく、実は、裏に仕掛けが、
 仕組まれているのだ。

 手品の一種と観ている(たぶん、教団上層部でしょう)人は、かなり居る。
それの種明かしは、ここでは,言えないよ。

 ということでしょうか。

思うに、このような裏のうちうちの話は、一般信徒相手では、しませんから、ももんがさまが、昨日、話した相手は、
いつも公園管理をされているというお仲間の人ではなく、生長の家教団内部の事情に精通したお方だと察しられます。

あとは、手品の仕掛けが、私達の眼の前にも見えるように展開されるであろう日を、たのしみに、
皆様とともに、お待ちしていましょう。

私も、仏教の大先達の、ももんがさまに、教えていただきたいことが、ございますので、後ほど別に書かせて頂きます。
そのせつには、よろしくご指導のほど、おねがいします。⊿>>

上の表現は、志恩様とお話して無いのに、話てくるんですね?

誰かと、”連絡“でもとって、出て来たんですかね?
志恩様とは話をして無いのですね。

解ってもらえましたか?

上の言葉や、私の表現は、多少品格に、かきました点は、御容赦下さい。


しかし、志恩様は、本流大好き人間であるゆえに、現在、休戦中です。

少しは、考えて、私と接して下さい。

貴女様も、本部職員さまだったわけですから、宜しくお願いいたします。感謝敬白、合掌、拝。

983トキ:2012/02/02(木) 20:16:22 ID:o3pB3qgY
ももんが様

 ご丁寧にお返事、ありがとうございます。

 すみません、折角、一つバトルが収まったのですから、これ以上バトルが勃発しないようにご協力を
お願いします。

 『法燈継承の真義』でしたら、たぶん、本流掲示板に投稿されている方々が大好きなテーマだと思います。
私みたいな若輩者に訊いても時間の無駄ですよ(笑)。だいたい、私は正当派の生長の家とはお世辞にも
言えません。だから、本流掲示板の方々からあんなにお叱りを頂戴するのです。

 『法燈継承の真義』は、谷口雅春先生がご了承されたのですから、その通りなのでしょう。
ただ、その解釈は少し分かれる点があると思っています。

 私は戦前の生長の家が理想だと思っていますから、現在、流行している「中心帰一」論の信奉者ではありません。
今の中心帰一の考え方は、主従の関係になってしまっていますが、私に言わせれば、本当は親子のような関係だと
思っています。
 具体的に言えば、戦前、谷口雅春先生はご講演などの場所では、謹厳実直な方でしたが、ひとたびご講演が終われば
冗談が好きで、明るくて、人間味のある、暖かい方だったと聞いております。ですから、みんな、谷口雅春先生を尊敬
していましたが、それ以上に大好きだったみたいです。地方でのご巡杖でも、講演が終わった後、場所を移してみんな
で食事を取ったり、冗談を言い合ったりしました。ご講習会でも、幹部は仕事があったら、平気で出迎えを別の人に
頼んだみたいです。
 それが、戦後、軍隊から返って来た人達が信徒として活動をするようになると、軍隊の内務班のような雰囲気が
出てきたみたいです。その後、組織が大きくなると、谷口雅春先生をあがめ奉るような雰囲気が増大し、ついには
現代のように、総裁に関する事は冗談のネタにもできないようになったのです。私は、戦前の信徒の方々が、こういう
空気を憂いていたのを、この耳で聞いております。
 「こういうのは中心帰一ではない。支那式の服従だ」と。

 こういう背景を考えたら、『法燈継承の真義』を承認する事が、そのまま、現在の総裁の言動を無条件で支持する
理由にならないし、同時に、本流復活派の言動も無条件で支持する理由にもならないと思っています。

 すなわち、『法燈継承』がなされた以上、総裁は総裁ですから、それを追放するのは筋は違います。
しかし、総裁と言えども、その権限は「生長の家」の信仰という範疇でのみ認められるべきですし、その権限も
生長の家の信仰と運動という目的でのみ認められるべきです。自分の好き勝手が出来る訳ではないと解しており
ます。『法燈継承』とは、あくまでも「谷口雅春先生の説かれた教え」を継承する意味であり、その指導は理念に
従い、手続も公明正大に行われるべきだという解釈をしております。

 こういう考え方をしているから、私は、「コウモリ」だと言われるのですね。

 と、いうふざけた考え方をしています。失礼をお許し下さい。

合掌 ありがとうございます

984トキ:2012/02/02(木) 20:22:21 ID:o3pB3qgY
訂正をします。

しかし、総裁と言えども、その権限は「生長の家」の信仰という範疇でのみ認められるべきですし、その権限も
生長の家の信仰と運動という目的でのみ認められるべきです。
 
 というのを

しかし、総裁と言えども、その権威は「生長の家」の信仰に由来する以上、その権限も
生長の家の信仰と運動という目的でのみ認められるべきです。

と変更します。ごめんなさい。

985ももんが:2012/02/02(木) 20:27:11 ID:XXCuaQns
>>983
トキ様

トキ様、『法燈継承の真義 』の解釈に、御回答下さり、ありがとう、ございます。感謝敬白、合掌、拝。


私も、完全とは、いきませんが、トキ様の解釈に近い心情ですので、『法燈継承の真義』に関しては、同意に近い賛成です!

真、御回答、ありがとうございました。感謝敬白、合掌、拝。

986ももんが:2012/02/02(木) 20:43:28 ID:XXCuaQns
>>981

志恩女史


志恩様、別版への、私の投稿、ありがとうございます。合掌、拝。


下記の様に、『本流思考のお仲間』と“ハラスメト的投稿楽しく、自分達のお仲間で、お楽しみ下さい。


<<1614:志恩
12/02/02(木) 20:12:17 ID:.QY5jUA6
ももんがさま

 質問は、「安谷白雲」老師に関係することです。

 本流掲示板で,山ちゃん1952様が、「掲示板である人の付和雷同に驚く(6341)」2012,01,26:というテーマで、
 ももんがさまの発言に、疑問符を投げられたことの1つに、私の質問が、一致しますので、ここへ書かせていただきます。

 ももんがさまは、
「白雲会の安谷白雲老師は、著書の「無門関」の中で、谷口雅春先生の「無門関解釈」の誤りを、手厳しく、指摘されてます。
 雅春先生といえども、過ちは、あるのです。」

と、ここのトキ様の掲示板に、ももんが様が、書き込まれた文章。それを
山ちゃん1952様が、あちら(6341)に添付されてますが、
 それについて、

 山ちゃん1952様は、
 「雅春先生が、まちがっているという。何ら,間違いの箇所を指摘しないで、こういうことを言い切るのは、「沢山の信徒様に
  誤解を与えます」私も反論出来ない。と、危惧の念をコメントされてます。

このとき、ももんがさまは、山ちゃん1952様の、ももんがさま発言の、疑念に対しては、なに1つ回答されておられませんでしたね。
ところが、2012,01,28:
ももんがさまは、トキさま宛に、大事なコメントをここの掲示板の信仰/体験板に、再度書き込まれました。

 「あと、安谷老師の「無門関」見つかりましたから、雅春先生を批判されてる箇所、今度、掲載いたしますので、
  楽しみに、お待ちください」

まずですね、ここは、生長の家掲示板ですのに、創始者の雅春先生を、安谷老師が、批判されてる箇所が、見つかったから、今度、
それを書くので,楽しみに待っててくれ!という、ももんがさまの、いつもながらの、いやみったらしい、言葉に、私は、正直言って、毒矢が刺さった様な心持ちになりましたが。

気を取り直して、質問させて頂きます。
ももんがさま、判決もでましたので、2月になりましたので、ももんがさまが、見つけられたという安谷老師の「無門関」の。
第00の、何ページに、なんという言葉で、批判の言葉が,書いてあるのか、ご指摘いただきたいのです。 ~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
安谷白雲老師というお方は、すごい立派なお方で、三宝教団(さんぽうきょうだん)という禅仏教の宗教法人の初祖です。

こういう仏教界の大御所の大老師が、多くの著書の中から,雅春先生が出版された「無門関解釈」を、選んで読んで下さり、手厳しく批判も
して下さったというのは、見方を変えれば、それだけ、雅春先生のことを注目してくださったという証でもありますから,信徒として、誇りに思えることなのです。



 
 〜つづく〜>>


わたざわたざ、また、載せて、楽しそうですね、志恩様。
今のとここ、本流派とは、話す気になりません。私で良ければ、どうぞ、玩具の一品として、お楽しみ下さい。

安谷老師のお話は、ゆっくりさせてもいます。


では、お仲間で、お楽しみ下さい。志恩様。聞こえましたね。ありがとうございます。
感謝敬白、合掌、拝。

987志恩:2012/02/02(木) 23:26:16 ID:.QY5jUA6
トキさま

「折角、一つのバトルが収まったのですから、これ以上、バトルが、勃発しないように
ご協力をお願いします。」

ということですが、私だって、こういう時期ですから、発言したくなかったのですけれど、
ももんがさまは、こういう時期でも、生長の家のこと、いろいろとおっしゃってるおられるでは、ないですか、

疑問におもうことも、黙っていたら,世界中のここをご覧のみなさまが、そうでないことも、
「そうなんだ」と、勘違いして、思い込まれてしまいます。

自分のことではなく、雅春先生、清超先生のことです。

例えば、ここの板の956:に、ももんがさまは、トキさま宛に、下記のこと書き込まれています。

「先日、たのサイトを読んでいました。

 「清超先生、雅宣先生は、雅春先生の行き過ぎた、憲法解釈や愛国運動を改革するのに、たいへんだ』見たな、生長の家関係者のサイトがありました。
  ここは、本流系的ですが、教団系サイトも存在することがわかりました」


という書き込み。私は、これを読み、教団系サイト?それは、どこのサイトだろうと、あちこち探したのですが,見つかりませんでした。
これって、雅宣先生だけでなく、清超先生まで、雅春先生の運動方針に対して,改革することに腐心していたというメッセージを世界に向かって、
発信していることになります。真偽を確かめたいと,信徒として、思われないのですか?

私でしたら、それは、どこのサイトですか?と、やわらかくお聞きします。

トキさまは、いつも、素晴らしいご投稿、ありがとうございますで、おしまいにされますが、
生長の家教団にとって、真偽を確かめる事も、大事なことではないでしょうか?

管理人様のお言葉ですから、重くうけとめさせていただきますが、疑問に思った時は、そのときは、今後も、意見は述べさせていただきます。

988SAKURA:2012/02/03(金) 00:15:16 ID:FEa/NNlc
皆様へ

【幸福を招く365章…】
■人間は霊であると云う意味

霊と云う語は、広い意味をもっている。
一般にそれは「非物質であって霊妙なはたらきあるもの」と云う意味である。
宇宙霊すなわち【天地の本源神】と云うような場合もあれば、
肉体を抜け出た個別霊、すなわち「霊魂」を意味する場合もある。
「人間は霊である」と云うような場合は、「人間は霊魂である」と云う意味でなく、
人間は「非物質にして霊妙なはたらきを有する神霊である」と云う意味である。
「霊妙なはたらき」と云う意味には「神通自在」と云う意味もあれば、
「生命力を有する」すなわち「霊活者」であると云う意味もある。
即ち「人間は霊である」と云う、意味は「人間は非物質にして神通自在の生命
そのものであり霊知者である」と云う意味である。
                        < 谷口雅春著 >     

母の“御霊様”を見てからの私は…
“肉体はない!”と思いました…。そして人間は「霊的人間…」と
一人なりの……【悟り】……それからの私は全ての物事の考え方が、変わりまして、
今回の裁判の捉え方も、当然!変わってきているのです。

一方的に「現総裁の悪口」を、言っておられる方達の“言葉…”の使い方に、
正直…ビックリします。
更に思いますが…そんなに、向こうの言い分は100%正しいのならば…
何故?どうして?今まで「生長の家…会員数」が増えないのでしょうか…?

私なりに思いますが、現在“出て行かれた幹部の方達“は、
ある面!非常に“傲慢な部分”が必ずあったのではないのでしょうか…?
その様な方達が…「谷口雅春先生の御教え」を、
何処まで“理解”されているのかしら〜〜ン
「霊的人間…」ならば、モット!【調和の世界】に入って躯てほしいです〜ネ!

母の“御霊様”から本当に【人生観…】が覆されてしまいました…。
【平家物語…】ではありませんが…【無常…無常…】

まだ!まだ!…ふとした時に「母の思い出」が脳裏に蘇って参ります…。
「人の悪口…」は、絶対!!云わない人でした…。
「親子の会話…」は殆どないのに、不思議?変な処で思い出してしまいす。
そして、やはり母が亡くなったと云う…事は【事実】なのです…。
日に日に、実感しながら、“仏壇…”に向かって話をしたりしています…。
本当に【霊的人間との自覚】が、出来つつある“私”です。

明日、「法要」で自宅に住職さんが来られる予定でしたが…
朝から、粉雪が舞い落ち…
「元・政令都市{100万都市}」から、現在の100万都市に来るのは遠いのですが?
所要時間…1時間半?かかりますが…。
気持ちよく来て下さるとの事!これだけでも…「感謝!」
今日は、朝から夕方まで…その準備でバタバタしていました。
部屋の掃除から・・・仏壇・・・お花・・・おとき(おもてなし料理)…
その時…リ〜〜ン ♫来るのが「延期…」に?
雪も振りまして、かなり九州は、冷え込んでくるようです〜〜ネ!
次回まで…又!変更ですかしら〜〜ン?予定は未定??

更に!晩年の先生の本を、皆様も読まれたでしょうけれども、
晩年の先生は“神霊”が少し弱くなっていたとか記していらっしゃいましたが…
これは「環境の変化」からかしら〜〜ン?
現総裁先生は、講演の最後に「神想観…」をされますよ〜〜〜ネ!
私、去年…初めて「強い〜〜霊力感」が伝わりましたが…
その時!やはり!「谷口雅春先生のお孫さん?」
必ず!いつか!「現総裁先生」も…神霊が〜〜芽生えだす事でしょう…?
唯今…【カオス世界…】どっぷり浸っていらっしゃるとお聞きしてますが…?
その後は…必ず「春が来る〜♫〜」そして、信者も…神霊〜〜♫〜〜芽生え?

そこには…素晴らしい「霊的人間集団…生長の家…再出現!」
此処は〜〜一人で「夢見がち…」
                             再合掌

989ももんが:2012/02/03(金) 10:29:45 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは。今日も、良い、天気ですね。さあ、今日も、元気に、明るく、楽しく、感謝、感謝で、生活して参りましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

仏言、『浴知仏性義、当観時節因縁。時節若至、仏性現前』。《仏の言く、『仏性の義知らんと欲はば、まさに時節因縁を観ずべし。時節若し至れば、仏性現前す』》
いま『仏性義をしらんとおもはば』といふは、たた知のみにあらず、行ぜんとおもはば、証せんとおもはば、とかんとおもはばとも、わすれんとおもはばともいふなり。かの説・行・証・亡・錯・不錯等も、しかしながら時節の因縁なり。時節の因縁を観ずるには、時節の因縁をもて観ずるなり。払子・柱杖等をもて相観するなり。さらに有漏智・無漏智、本覚・始覚、無覚・正覚等の智をもちいるには観ぜられざるなり。

〜以下つづく


今日、私の心に残るところは、この部分です。

《仏言、『浴知仏性義、当観時節因縁。時節若至、仏性現前』。《仏の言く、『仏性の義知らんと欲はば、まさに時節因縁を観ずべし。時節若し至れば、仏性現前す』》


(私的意訳)

(お釈迦様は、言われました。『自己の完全な仏性の真を知ろうと、心の底から願うなら。時の流れ、心意識の流れ観じる心を養い観じる事である。そういう、時節因縁を観じる心を養ううちに、何時しか、仏性が自己の姿となって現れてくる。』

今日も、大変難しかったですが、坐禅の冥想としての特色が出た、一説でした。『坐禅は、すべからく、つねに、目を開くべし』と言われますから、この辺は、神想観の瞑目してまう、冥想とは、多少異なる事も、あると、思われます。


今日も、暖かいですね。ここで、雀の囀ずりに、耳を傾けているだけでも、季節の変化を心で、楽しめる日が、続きます。

それでは、皆様、今日も、明るく、楽しく、笑顔で、生活していきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

990a hope:2012/02/03(金) 10:38:10 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

第三章 信念による幸運の生かし方

信ずることのみ輝く


私はこの『人生読本』を読んでも、『生命の実相』を読むのと同じように病気が治ったり、
成績がよくなったり、皆さんの性質がよくなり、家庭が明るくなると信じています。
もしそうならないのなら、それは疑いという迷いに捉われているからです。
こんな人達は疑いの心を捨てて、ただ「なるほどそうだ、そうだ」
と理屈なしに受けいれながらお読みになるようにおすすめしたいのです。
疑いを捨てて、ひたすら読んでいる内には、御本の中にある貴い真理が、ひとりでに悟れるのです。
ですから、まず疑いの念(こころ)を捨てなければなりません。
いつまでも疑いの迷いに引っかかっていては、ご自身の生長ということがありません。

(つづく)



みなさま おはようございます。
今朝も寒かったですね。 昨晩、わたしは、寒さで何度も目をさましました。
子どもたちも、布団をはいだりして、寒いのではないだろうかと心配して、
各部屋を確認しましたが、みな、シッカリと布団をかけて、熟睡していました。

子どもって、赤ちゃんじゃなければ、親がそんなに心配しなくても、
寒ければ自分でちゃんと布団をかけるものなのですね!
たくましいな〜と、いつも感心しています。


それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も、充実した一日をお過ごしください!

991a hope:2012/02/03(金) 10:39:10 ID:kcv2QXTk

ももんがさま

>>969

>人生読本は、私も持っておりますが、できますなら、a hope様御自身の『実相の眼』を持って、『実相を現した言葉』を教えて頂きたく、思います。
余談でしたが、これからも、人生読本、楽しみに拝読いたします。<

いつも、わたしの人生読本の筆写、読んでいただきありがとございます。

>できますなら、a hope様御自身の『実相の眼』を持って、『実相を現した言葉』を教えて頂きたく、思います。<

とありますが、わたしは、「実相=内在する神」のことだと思っていますから、
ももんがさまの、上の御言葉は、わたしに「神の言葉」を話すようにと、ご要求されていると感じてしまいます。

・・・・無理です(笑)
今のところは、現象人間のわたしの言葉しか話せませんが、
ですが、毎日、神想観して、聖経読誦して、聖典を拝読して、少しでも、実相を表現できるように努力したと思います。

最近、ももんがさまが、「正法眼蔵」の意訳をしてくださるようになったので、
わたしにも、「正法眼蔵」の原文の意味がだいぶ分かりやすくなりました。
ありがとうございます。
お寺で拝聴していた、「正法眼蔵随聞記」のノートや資料が見つかったので、
そちらの方も、あらためて読みなおしてみたいです。

ももんがさまの投稿、いつも楽しみにしています。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。

992ももんが:2012/02/03(金) 17:37:41 ID:XXCuaQns
>>991

hope様

a hope様、私への御返事文、ありがとうございます。合掌、拝。


『随門記』の拝聴のノートまた、宜しくご紹介お願いします。

私も『随門記』毎回、拝聴し、自分でも拝読したので、特に心に残る箇所を数ヶ所持っています。

是非よろしく、お願いします。

では、何時も、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

993ももんが《泣き》:2012/02/03(金) 17:48:58 ID:XXCuaQns
志恩女史の楽しいハラスメト遊び《状況》

志恩様を、観察してると、昨晩の様な、行動パータンを取ります。

何故か?『復興G様』登場?志恩さん、連絡してないて、ホントかい?て、疑問付つきました? 別に探偵ゴッコしてません。
《復興G様何故か?現れる》
1617:復興Gの妄想独り言
12/02/03(金) 05:19:11 ID:ojEbkDH2

もしかして、ももんがさんは、
生長の家総裁、なのかしら。
もし、そうだとしたら、大変、なことだわ。
あの方は、小説だって、お書きになる、
創作力、をお持ちの方だものね。

(これは、全然根拠のない、妄想、
独り言、ですから、
無視、して下さいね。)

次に、志恩様が、現れました。

《志恩さま登場!》

1618:志恩
12/02/03(金) 06:14:21 ID:.QY5jUA6
復興Gの妄想独り言 様

あぁ、確かにそうでした。総裁は、小説の創作もされるお方でしたね。

先日、ここの板に、私は、初心者さまと、ももんがさまは、別人だと
以前から捉えてきた、と書き、類似点と相違点を、箇条書きしました。

しかし、総裁が、小説家のように、別の人格を演じて、書いていたら、それは、わかりませんとも書きました。

そういえば、まえに、さくらちゃんが、来ていたとき、初心者さまは、別の人格になるのが、すごく、うまい人だと
言ってたのを、思い出しました。それは、意味不明のコメントでしたが、何か、彼女は、知っていたのかな。


最初のころ、初心者様は、ご自分のことを「あたし、あたし」と言っておられました。

それを「おいら、おいら」に 変えて?(笑)わ か ら な く なりました。(笑)

復興G閣下は、今日の早朝神想観のとき、インスピレーションで感じられたのですか?(笑)


と?言う、感じです。


志恩様のハラスメト遊びの実態です。


志恩様は、大変楽しいようです。空想力も満点ですね。拍手しちゃいます!流石、本部長老です。


もっと、がんばって、こき下ろして、下さい。

嬉しい!楽しい!楽しい、アッハ、ハッハ!

志恩様の、脳訓練の為なら!私、ボランティア活動させてもらいます。

がんばって下さい!志恩様!ありがとうございます。

感謝敬白、合掌、拝。

《玩具とされてる体験談》

994うのはな:2012/02/03(金) 18:07:08 ID:El6gIMAw

ももんがさんの苦悩が軽減されるように、隠しだまの神想観をするときに、
ささやかながらお祈りさせてもらいます。

 でも、すぐに横から首を突っ込んでくる騒がしい男が、志恩さんなどに、
ももんがさんを攻撃するのはけしからん、デマを流すのは許さん、ってかんじで
口出ししてこないのが不思議ですね。

996トキ:2012/02/03(金) 18:32:54 ID:C7Vjn.WU
 大調和の祈りをしたいと思います。

みなさまは既に大調和であります。あ、私は、ももんが様が総裁とは想像しておりません。
(ちなみに、私はイソベさんでもありません。念のため)

 さて、「坐禅は、すべからく、つねに、目を開くべし」というのは、知らなかったので
勉強になりました。しかし、呼吸法などは近いものがあると感じます。一般に瞑想の場合、
目を閉じるのが大半だと思いますから、道元禅師のお考えには、何か訳があるのでしょう。

 少し余談になりますが、フィリッピンのレイテ島で日本陸軍の第1師団を指揮した片岡薫中将
の戦後の回顧録を見ていた時に、「禅の坊主は偉くないな、と思った」という話を書いていました。

 レイテ島には、第16師団が防衛をしていましたが、米軍の上陸で激戦となり、急遽、ルソン島
にいた第1師団が救援を命じられました。が、第1師団がレイテ島に上陸した時には第16師団は
壊滅状態になり、いきなり第1師団は米軍と戦闘に巻き込まれました。その後に50日の長期に
渡り、米軍の侵攻をストップさせた経過は、大岡昇平の「レイテ戦記」に詳しく書かれています。

 圧倒的な米軍と闘った第1師団ですが、次々に戦死者が出ます。ところが、部下はパニックに
陥ることなく、平気な顔で死地に赴く姿を見て、片岡薫師団長は、その精神的な境地に深い悟り
に近いものを見て、こう言ったみたいです。

 そう言えば、禅は、鎌倉時代、武士によって広く信仰をされたと聞いております。

 生きるか、死ぬか、という境涯になり、始めて悟れるものがあるのかもしれませんね。

合掌 ありがとうございます

997ももんが:2012/02/03(金) 20:01:45 ID:XXCuaQns
うのはな様、トキ様


うのはな様、トキ様、慰めの、御言葉有難うございます。合掌、拝。感謝敬白。


いいんですよ。お年寄りは、大切にしないと、練成会で、教わりました。


因み、今日は、内の母上は仲間と、飛田給へ遊びにいきまた。

うのはな様や、トキ様、行かないのですか?

私は、お仕事で、ダメでした。

本部も、忙しいのでは、ありませんか?


坐禅で目を開くのは、『妄想や魔境』に心を奪われない為に、目を開いた状態を保つのです。


道元禅師だけでなく、他の現代の禅師も、同じ事を説かれてます。

慣れてくると、歩く、立つ、寝る、坐る の、どのスタイルでも、心と息を保っ事が、出来れば、何処でも可能です。

内面的には、神想観とは、可なり違うと思われます。


トキ様は、玄峰老師の講話テープ聞いた事ありますか。


玉音放送聞くつもりで、雅春先生と入れ替わりに、聞いています。

大塚駅前に、鈴木貫太郎首相の建立した石碑があるから、何時も、拝んできますよ。

私、陰になりながら、おまいり、してます。感謝敬白、合掌、拝。

998トキ:2012/02/03(金) 21:07:24 ID:C7Vjn.WU
 山本玄峰老師の講話テープがあるのは知りませんでした。
興味深いですが、今日は急用があり、人と会いますので、
これにて失礼を申し上げます。ごめんなさい。

999SAKURA:2012/02/03(金) 22:06:32 ID:FEa/NNlc
皆様へ

【幸福を招く365章…】
■難問題は神様に委ねること

事態が紛糾して来て解決が、つかなったと思われるような時に直面したならば、
その時に必要なのは、取り越苦労でもなければ、とつおいつの思案でもない。
あらゆる人間智を捨ててしまって、神の智慧をよび出すのが解決の早道である。
心が転倒したり、腹が立ったり、恐怖したりした瞬間に、カッとなって物事を
断行してはならないのである。それには
(一) 先ず取り越苦労をやめる。
(二) 必ず良き解決の道がある事を信じる。そして「わが内に宿りたまう神、
無限の智慧をもってすべての人に最もよいように問題を解決し給う」と
繰り返し念ずることである。
                        <谷口雅春著…>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

毎日〜毎日〜の日常生活のさなか?問題が?…降って湧いたように起きます…。
その様な時……><
“冷静さ”を失う事も…でも!“心”が乱れた時こそ…「神想観=瞑想」に頼ります。
必ずや“問題の糸口”が、見えて来ると、信じて行動に移す事が、大事です〜ネ!

今回の「裁判…」もやはり“心と心の戦い…?”でしょうか?
私達「信者」は、見えない糸に操られて居ますけれども……><
現総裁先生の【決断…】を、信じる事…かも?

まだ?まだ?「第一教区の仲間…」には、連絡が繋がらず…><
毎日!毎日!「教化部…」に行っている事でしょう〜〜〜かしらん?

〜♫ ケセラ ♫〜〜〜♫ ケセラ ♫
【祈り…】に、徹することです〜〜〜ネ!

今日は【2月3日…節分!!鬼退治〜〜〜 ><】
今から!!!【鬼退治…】に、徹す事にします…。私のファミリ−と共に…!
ワン君…“ナンシ−”そして、ネコちゃん“SAKURA”と共に…【豆まき…】

■ 鬼 ワ〰〜〜外!〜〜〜外!・福 ワ−〜〜内!〜〜〜“内”〜♫

きっと〜きっと〜♫ 
必ず!現総裁先生も…必ず!信者に…「福は内…」です〜〜〜〜〜ネ!

■厳寒の冬の後は…必ず春が来ます〜〜ョネ      再合掌

1000ももんが:2012/02/04(土) 07:02:14 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。さあ、今日も、元気に、明るく、楽しく、感謝、感謝で、生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜


『当観』といふは、能観・所観にかかはれず、正観・邪観等に準ずべきにあらず、これ当観なり。当観ながゆえに不自観なり、不他観なり。時節因縁聲なり、超越因縁なり。仏性聲なり、脱体仏性なり。仏々聲なり、性々聲なり。


〜以下つづく。
今日、心に残る一説は
<<『当観』といふは、能観・所観にかかはれず、正観・邪観等に準ずべきにあらず、これ当観なり。>>

(私的意訳)

『時節因縁を観じるということは、見て観じる事、聞いて観じる事、観じること、観じないことに関わらず、観じるということである。』

今日も、大変難しかったです。

寒気と暖かさを繰り返し、春は、一歩、一歩近づいてますね。

皆様も、お体きおつけて、元気に、明るく、がんばって下さい!ありがとうございます。合掌、拝。

1001うのはな:2012/02/04(土) 10:25:51 ID:El6gIMAw
  別宮と摂社と末社

 トヨウケノオオミカミ(豊受大御神)が鎮座する外宮(豊受大神宮)のある地は「山田の原」と
呼ばれ、アマテラスオオミカミが鎮座する内宮(皇大神宮)のある地は「宇治の里」と呼ばれる。
現在では同じ伊勢市に属しているが、昔は二つの里は独立し、それぞれ門前町が広がっていた。

 外宮も内宮もその中心となるのはトヨウケノオオミカミとアマテラスオオミカミを祀る正宮だが、
それぞれには「別宮」が存在している。別宮は本宮の「わけみや」を意味し、伊勢神宮に属している百を越す
神社のなかでも格式が高い。重要な祭事でも外宮や内宮に準じておこなわれる。

 次いで『延喜式神名帳』に記載されている由緒ある神社が摂社と呼ばれ、摂社の次に古くから伊勢神宮とゆかり
のある神社が末社と呼ばれる。摂社や末社はそれぞれ外宮や内宮に属し、なかには別宮が所管している神社もある。
その総数は外宮と内宮の正宮もふくめて百二十五社にのぼる。


写真で見る 『伊勢神宮の365日』 井上宏生 文 篠原 龍 写真

1002a hope:2012/02/04(土) 11:11:24 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

「運」はどこにあるのか


皆さん、あの人は「運」が好いと申す場合がありますが、その「運」というのは、
どこにあるのか御存知ですか?
「運」というのは、「今」にあるのです。時々(いつでも)刻々(そのとき)、今が運なのです。

机の上に本が置いてある。それが見つかったらその本を一生懸命に読む。
するとその人に力がつく。それが「運」なのです。
本を読んで、そこを見るといろいろのものが散らかっている。
それに気がついたら、その散らかっている物をチャンと整頓する。
すると人から喜ばれる。自分自身は物事をキチンとする善い習慣がつく。
それが「運」をよくするのです。

あなた自身に力がついて、善い習慣がついて、どんな人からも喜ばれるようだったら、
誰だって、あなたを善い役に置いて、良い仕事をして欲しいと思うでしょう。
そうすると、あなたの「運」はよくなって来るのです。
あなたはいやでも出世するのです。

「運」はどこにあるか、「今」なのですよ。
「今」何か善い事をすることはないかと、探し出して善い事をする人は必ず出世する人であります。

(つづく)



この「人生読本」ですが、「いわれてみれば、当たり前」みたいなのことも多いのですが、
その当たり前のことが、なかなか実行できないのが、わたしたち現象人間なのだと思います。
このように、素晴らしい本を子どもに読み聞かせたり、輪読したりしても、親の姿が×だったら、
まったく意味がありませんよね。

わたしも、「今」できる何か善いことを探して、出世したいと思います...どこで?
わが家では、十分 「かかあ天下」とらせていただいておりました(笑)

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、よい週末をお過ごしください!

1003トキ:2012/02/04(土) 15:51:35 ID:RKtSt6sU
 ももんが様が書かれている山本玄峰老師と言えば、田中清玄氏のエピソードを思い出します。

 田中氏は、戦前、武装共産党の指導者として活動し、戦前の共産党の最盛期を作り上げた指導者
でしたが、逮捕、投獄後に共産主義の間違いを悟り、出獄後は玄峰老師の指導を受けるに至たりま
した。戦争が末期になったある日、田中氏が玄峰老師から日本の将来についての公案について
聞いた話はこうでした。

 「日本は戦争に負けなければならない。それもきれいに負けなければならない。日本は横綱である。
横綱は勝つときも奇麗でないといけないし、負ける時もきれいに負けないといけない」と。

 この話から考えると、生長の家という横綱も「きれいに負ける」ことを考える必要があると
感じております。

合掌 ありがとうございます

1004うのはな:2012/02/04(土) 17:12:00 ID:El6gIMAw
  御鍬祭●みくわさい  二月立春

 内宮の別宮の一つ、伊雑宮は近鉄志摩線、志摩上之郷駅の近くにある。
伊雑宮は別宮のなかでも高い格式を誇り、一般には「いぞうぐう」、あるいは
「いそべさん」と親しまれている。JR紀勢本線の滝原駅近くにある滝原宮とともに
内宮から遠く離れた地にあり、古くから「大神の遥宮」と呼ばれていた。

 第十一代垂仁天皇は倭姫命に命じてアマテラスオオミカミの鎮座地を探していたが、
鎮座地を内宮に定めたあと、御贄地を探すために志摩国(三重県)を旅した。
御贄地とは内宮への供え物を採るところをいう。そして倭姫命は磯部の地に伊雑宮を建て、
アマテラスオオミカミの御魂を祀ったと伝えられる。それが伊雑宮の祭神、アマテラスオオミカミタマ
(天照坐皇大御神御魂)、つまり内宮に鎮座する皇祖神、アマテラスオオミカミの御魂である。

 御鍬祭の日、神楽殿で豊作が祈念される。伊雑宮は古式にのっとった御田植祭でも知られるが、志摩国の神が
アマテラスオオミカミのために五穀豊穣を祈願するのである。


『伊勢神宮の365日』 より

1005ももんが:2012/02/04(土) 18:18:33 ID:XXCuaQns
>>1003

トキ様、うのはな様

トキ様、うのはな様の、レスを仕事帰りに、楽しく、読ませて、貰いました。ありがとうございます。合掌、拝。

トキ様?うのはな様?今日、御老公に会いに、練成にいきました?

玄峰老師も、水戸黄門のモデルみたいな人だものね。

講話テープの『性根玉』が、玄峰老師の、教えの、根幹です。


うのはな様の『伊勢神宮』のお話は、面白いし、いま、私の興味を引いてる『鹿島神宮』『香取神宮』のお話と、どう結びつくのか、興味の引くところです。
『鹿島神宮』の二キロ手前に、昔から『高天原』が、あったんだそうですし、式年遷宮も、鹿島神宮、香取神宮では、していたのですよ。

古事記と?どうして違うのか?興味あります。


あと、私も、昔、講習会で、現総裁ご夫妻と、握手したことありますよ。

とても、幸運でした。


反対の人達の目には、最悪なのでしょね。

では、トキ様、うのはな様、色々、ありがとうございます。今日は、忙しいので、これで、失礼します。感謝敬白、合掌、拝。

1006うのはな:2012/02/04(土) 18:32:41 ID:El6gIMAw

 >『鹿島神宮』のニキロ手前に、昔から『高天原』が、あったんだそうですし、

 そんな話、はじめて聞きましたよ(笑)
 ももんがさんの話しのほうがよっぽど面白いです(笑)

1007SAKURA:2012/02/05(日) 03:11:59 ID:rCAljU7k
トキ様 へ
 皆様 へ

【幸福を招く365章】
■汝自身を幸福な神の子と観ぜよ

病気も不幸も何人にも属するものでないのである
それは群衆の潜在意識の放送を、個人の潜在意識が受信し易い状態に
なったときにあらわれたスピ−カ−の声みたいなものである。
本人は不幸でも病気でもないのである。それを自分の本当の
姿だと思って苦しんだり悩んだりするところに錯覚があり、
その錯覚を断ち切らないところに、
錯覚はよんで苦しみを増大することになるのである。
汝 自身を病人だと見る限りに於て、汝自身は病人の姿をあらわし、
汝自身を不幸だと思う限りに於て、汝自身は不幸の姿をあらわすのである。
すべからく汝は現象を超越して実相に超入せざるべからず。
                          (谷口雅春 著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【現象】を認めない…強い〜強い〜“思念”を、今の私は、必要です…。
まず【人間神の子=霊的人間】ですかしら〜〜〜ン!

私事ですが…“病気”は、一つの例え…ですネ!
ふと!!「神想観=瞑想」していました時…
「問題が…」まさか?まさか?…… >< 

しかし…「本日の言葉」にて…
潜在意識の中に…揺るぎのない目の前の“現象”を“インプット”してはいけない…?
現象を超越した…つまり!人間は【霊的人間…】でしたら自由自在に〜♫〜
思う事も出来ますし…それが、ネガティブ感・ポジティブ感でありましょうとも…?

ならば…「ポジティブ感=>実想…」思念すべきと…確信しました…。
益々…強い“思念”にて… (微笑)

>トキ様 は、この“文章”…どのように捉えられますか??
                         再合掌

1008ももんが:2012/02/05(日) 06:46:35 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝がやって参りました。今日も、嬉しく、楽しく、明るく、感謝感謝で、参りましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

〜正法眼蔵・仏性〜


『時節若至』の道を、古今のやから往々におもはく、仏性のごとく修行しゆくところに、自然に仏性現前の時節にあふ。時節いたらざれば、参師問法するにも、瓣道功夫するにも,現前せずといふ。恁麼見取して、いたづらに紅塵にかへり、むなしく雲漢をまぼる。かくのごとくのたぐひ、おそらくは天然外道の流類なり。


〜以下つづく



今日、心に残るところは
ここです。
<<『時節若至』の道を、古今のやから往々におもはく、仏性のごとく修行しゆくところに、自然に仏性現前の時節にあふ。>>


(私的意訳)

『“時節に任せる“道を、今も昔もかわらずに、仏性そのものに成りきり修行していくところに、自然に自己の仏性が自己に現れてくる時節がくるのであります。』

今日も、大変難しかったです

皆様、お寒いですが、元気だして、笑顔で、お過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1009a hope:2012/02/05(日) 11:50:51 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

なぜ樹の枝に着物が生(な)らぬか


「生命(いのち)ある者」は動く、「生きている者」は働く、「働く者」は伸びる、
偉くなる、力がつく、成功すると私は申しました。
皆さんは、長い年月のうちには、ときどき懶(なま)け心が起こって来て、
働かずにじっとしていて、そこに欲しい物が出て来、おいしい物が出て来、
お金が出て来ればよいのに、とお考えになることがあるかもしれません。

神様は、樹の上にあの美しく熟れた林檎や蜜柑や、色々の果物をお造りになったのでしょう。
そしてその林檎や蜜柑のおいしい味は、人間がどんなに工夫して真似てみても、
そのとおりの味にはできず、その成分も、人間がどんなに研究して、
そのとおりに造ってみようと思っても、そのとおりにはできないほどに、上手にできているのです。

人間にはできないそれほど立派な物をお造りになる神様のことですから、
チャンと炊き上った御飯を林檎の樹に生(な)らせたり、
チャンと縫い上がった着物を桑の枝からぶら下げたりなさるような、
人間の誰にでもできるようなことは、神様がなさろうと思われれば、
なんでもないことなのです。

けれども、それをなさらないで、御飯を炊くにも、着物を縫うにも、
人間の働きが要るようになさったのは、神様にお考えがあってのことです。

(つづく)





みなさま、こんにちは

今朝は、朝から海外の友人とパソコンのテレビカメラでおしゃべりをしていました。
子どもたちも交えて、ワイワイ楽しいひとときを過ごしました。
本当に、便利な世の中になりましたね。
通話料を気にせず顔を見ながらいつまでもお話ができるのですから... 
世界が狭くなってきていると感じてしまいます。

テレビカメラで話せるなんて、わたしの子供時代には夢の夢でした。
国際電話すら、ちょっと前まではなかなかかけられませんでした。
そう考えると、人間の努力による科学の進歩ってすごいものですね!

今日は、「訊け」管理人さまが、「生長の家」の講習会に行かれているようで、
現場から、報告してくれていますね。
わたしも報告を楽しみにしているのですが、そのようなようなことが可能なことですら、
少し、昔から考えたら、すごいことなのですよね!

今日は日曜日、風邪気味だった子どもも、調子が良くなったので、
午後からは図書館に行って、天使や妖精の本をさがしてきたいと思います。

1010ももんが:2012/02/05(日) 20:22:51 ID:XXCuaQns
うのはな様、志恩様

うのはな様、志恩様、こんばわ。今日は、『訊け』さんの地元で、総裁先生の講習会だったんですね。

私は、もう、何度も、総裁先生の講習会には参加してますから、特別、読ませていただいだいた、内容は、最近普通にされてます。


私は、数年前、運良く、ご夫妻と『握手』できました。

幸運でしたよ。

それより?志恩様や、うのはな様は、練成会には、何故、来なかったの?

御老公が、はるばる、特別練成だから、来たので、内の母上は友達と一緒に行ったよ。
本流派には、厳しい、一言あったらしいよ。

トキ様には、悪いですが、ここでは、出せない、本流専門掲示板に近いですからね。


志恩様も、うのはな様も、ケンカせずに、練成会に、でかけて、皆様を、元気を分けてあげて下さいませ。

私の事、元気つけてくれて、うのはな様、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1011SAKURA:2012/02/05(日) 20:38:16 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
【幸福を招く365章】
■真の富者は「自由」を所有する

本当の富者とは「自由」を完全に有っている者であって、金銭や「所有品」を
沢山もっている者ではない。この事をまだ本当に悟らぬ人が多いために、
富めば富むほど自分の心がその富に縛られて、富を護るための奴隷となり、
屈従の生活を送りながら、自分を富者だと思っている人が多いのである。
「物を所有するために、心がひっかかって自由を失う不利益」によって
相殺され勝ちである。「無所有」と云うことが仏教で尊ばれるのも其の為である。
しかし「無所有」と云うことは「貧乏」と云うことではない。
「貧乏」な者は、また「貧乏」を心に掴んで苦しむのだ。
「貧乏」を掴まず、富を掴まず、
欲するに従って自ずから 自由に集まる―――これが真に富者である。
                             (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【富者=自由】 捉え方が、面白く思います…。
本当に“欲物”に捕らわれることは、
物一つでも“価値感”は個人差が生じてきますた…。
ある者は?…“情報”もその人しかできないもの?それを、
横取りする人がいるのですよ〜〜ネ!
ある人は“私は貧乏だから〜何もできない“とか…
”親がお金をもっていないから大学にいけない“とか…
よ〜〜く聞きますが、全て!!“心”で操作しているのですョ〜〜〜ネ!

さて!更に…延長としまして、

私は“ブス”と思い込む!そうしますと、その様に表情が〜〜〜 ><
だんだん〜〜〜!形成せれてきますから……><
反面!私は“笑顔が素敵な女王”なの…と、思い込みますと…^^
顔の表情も…その様に形成されていきますから……「不思議な国のアリス??」
周りの方も、自然に認めてくれるでしょ〜〜〜ネ!
但し…両者とも共通点は「継続する精神…」ではないのでしょうか?

……この様に考えますと?
全て!!“心”から来る…。【心の法則…】
そう!人間は「霊的人間」なので、どのようにも自由自在になれるのですよ〜〜ネ!
この頃、痛切に思います…。

ブレイクしますが…
今日は?ちょっと…ウフフ!!
久しぶりに「社交辞令」である「笑顔の練習…」ハイ!ニコ!ポ〜〜〜ン!
不思議なぐらい〜〜誰に対しても〜〜☆
「ハイ!〜〜〜チ〜〜〜ズ ☆ 」になりました…。すご〜〜い効果ですネ!!
もしかして…これ??“富者になれる?要素かしら〜〜ン”
幸せを呼ぶ表情は…“スマイル マ−ク”で〜〜〜す。

■ 【心=神の子】で〜〜〜〜〜す。
                            再合掌

1012ももんが:2012/02/05(日) 20:44:06 ID:XXCuaQns
トキ様

トキ様、いつも、教団の御仕事、お疲れ様です。感謝敬白、合掌、拝。

ちょっと、聞いたんですが、雑誌『新建築』に、森のオフィスが、掲載されたそうですね。大変、素晴らしい、事ですね。

1013志恩:2012/02/05(日) 20:53:25 ID:.QY5jUA6
ももんがさま
飛田給練成会は、800回記念練成会を、開催中なのですね。

御老公とは、楠本加美野先生ですよね。
楠本先生が、本流には、厳しい、一言あったらしいよ。。。。。(ですか?)

それは、存じませんでした。これも、以外です。

飛田給のプログを見ました。

2/4(土)は、午前中に、良本峰夫先生 と、もうひと方、特別講話ということで、楠本加美野先生が、ご講話されてます。

2/5(日)は、午前中に、宮本十郎先生のご講話が、ありました。


ももんがさまのお母様は、お友達とご一緒にこの練成会に、参加されたそうで、すばらしいですね。
それにしても、楠本先生は、寒い時期ですのに、よく京都から東京まで、いらっしゃいましたよね。

1014ももんが:2012/02/05(日) 21:07:45 ID:XXCuaQns
>>1013
志恩様


志恩様、コメントありがとうございます。合掌、拝。

志恩様、普段から、生意気な、私ですが、今回は、行くべきだったんじゃないんですかね。

近場だったんだから。
志恩様の、普段の力、もしかしたら、生遭遇できたもしれない。

また、因み、内の母上は、教団派ですよ。志恩様とは、完全に合わないと思います。

では、寒いですから、おきおつけて、おやすみ下さい。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1015志恩:2012/02/05(日) 21:26:35 ID:.QY5jUA6
ももんがさま

お母様は、教団派なのですね。そりゃそうでしょう、ももんがさんのお母様なんですから。本流派には、なれません。
親子別々は、なかなか、ありえません。

私は、教団派の、隠れ親友もいるくらいですから、考え方が違っても、気が合う人なら仲良くできています。
でも、多分、ももんが様の、お母様とは、合わない気がします。性格は、ももんがさんに似ておられるのでしょう。

私も生意気だけれど、ももんがさんも、生意気だから、プラス極とプラス極のように、反発し合ってしまうのかも。

1016志恩:2012/02/05(日) 22:05:44 ID:.QY5jUA6
私の、教団派の隠れ親友とは、本部員では、ありませんからね。
一般人です。

1017ももんが:2012/02/06(月) 06:59:45 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝がやってきました。さあ、元気、明るく、笑顔で、感謝、感謝で、参りましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

いわゆる『欲知仏性義』は、たとへば『当知仏性義』といふなり。『当観時節因縁』といふは、『当知時節因縁』といふなり。いはゆる仏性をしらんとおもはば、しるべし、時節因縁これなり。


〜以下つづく。


(私的意訳)

《『自己の仏性』を知るということは、今、瞬間に『自己の仏性』を知るということである。時節因縁を観じるという事は、今、瞬間に、時節因縁を観じるという事である。即ち、『自己の仏性』を知ろうとおもえば、時節因縁を観じる事である。》

本日も、大変難しかったです。

本日も寒いですが、暖かくして、お出掛けください。ありがとうございます。合掌、拝。

1018トキ:2012/02/06(月) 10:35:18 ID:xQ8phuq.
>>1017

ももんが様、おはようございます。いつも、すばらしい御文章をご紹介下さり、感謝申し上げます。

ご紹介のご文章もなかなか奥の深い文章ですね。感心して拝読しております。

ももんが様もお元気でお過ごし下さい。

合掌 ありがとうございます

1019SAKURA:2012/02/06(月) 12:22:30 ID:7joi1ZJA
トキ様へ
皆様へ

こんにちは…

【幸福を招く365章】
■神子の自覚に帰り生活を更生せよ!

あなたの全身の細胞をあなたの喜びの感情を以って支配せよ。
それがあなたが健康になるための最初の最も重大なる精神的なのであります。
心痛はあなたの全身の細胞を悲嘆のドン底に押し沈め、
折角偉大なる活力を内に蔵しながら、悲しくも病気のまえに屈服
せしめてしまうことになるのであります。
喜びの感情は全身の感情を活力もって湧き立たせ、
全身を活力であふれさせて若返されるのであります。
神は決して過去の罪を問いたまわない。
放蕩息子が貧しいのは神から罰せられたから貧しいのでないのであります。
神から勝手に離れているから貧しいのでありまて、
神のみもとに帰って来たら、
直ぐ新しき沓をはかせ、
あたらしき豊なる服装を与え、
富の循環の象徴であるところの指輪を与えて一大祝賀会を
開かれたのであります。
神のみもとにへお帰りなさい。
                          谷口雅春著

今日の文章は全てのものに当てはまるように思えます。
自分の心・・・【神地一体】・・・“イメ−ジ”します。(神想観=瞑想)
これを忘れますと・・・「迷いの世界」に・・・ ><
探しもは?なんです〜〜〜か?キャッチフレ−ズでしょう〜〜〜か?

どんな状況でも【心=神】に振り向けるには・・・
■ 神想観=瞑想(イメ−ジトレ−ニング)です〜〜ネ!
今日はこの“言葉…”通りに神に“心”を振り向けてみます・・・。

一日一回…は?“内なる神”との対話…必要でしょうかしら〜〜ン?
■ ■ 幸福になるには道しるべ・・・・・です〜〜ネ ☆〜⋆
                       再合掌
>トキ様は…先生の“言葉”どのように解釈されますでしょうか???

1020SAKURA:2012/02/06(月) 12:23:20 ID:7joi1ZJA
トキ様へ

追伸…
ここ昨今は、殊のほか“寒さが”厳しいですが〜〜〜??
それでも、「春の訪れ」が…もうそこまで足踏みにて、私の近くまで便りを…
その様な予感が感じられますが…??
さて!先日投稿いたしました

>1007>1011
谷口雅春先生の“お言葉”どの様に解釈されますでしょうか…?
                                  再合掌

1021a hope:2012/02/06(月) 12:35:27 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

学校へは何しにいくか


皆さんは、学校へお出でになって、出る算数の問題を皆さんのかわりに、
みんな先生がしてくださったら、皆さん自身の力がつくと思いますか。
他(ひと)にやってもらっては自分の力はつかないのです。
先生にやってもらうくらいなら、学校へ行かないで好いのです。
学校へはお金を払って自分でやらせてもらいに行くのです。

自分でやるから力がつくのです。
御飯を炊くのも、着物を縫うのも、糸で紡ぐのも、お掃除をするのも、
会社や工場で働くのも、自分でするから自分の力がつくのです。
他がしたら他の力がつくのです。自分でするから自分が偉くなるのです。
他がしたら他が偉くなるのです。

神さま御自身は自分でどんな事でもできるお力をおもちなのですから、
もう御自分はそれ以上偉くなる必要がないのですから、
神様は私達ができる限り自分でやって自分の力がつくように、
林檎を樹の枝に生らせても皮は剥いてくださらず、
棉(わた)は作っても着物は縫ってくださらず、
樹を作っても家は建ててくださらないで、人間が、
自分で働いて造らねばならぬ部分を残しておいてくださったのです。

生物は、働いたところばかりが強く立派になるのです。
人間は、頭を働かせますから動物よりも額が広く、脳味噌が大きいのです。
力士(すもうとり)は筋肉を働かせますから、筋肉が隆々と盛り上がるほど立派になっているのです。
他の人に角力(すもう)を取らせて、自分は楽をしているのでは、
自分の筋肉は大きく発達しますまい。

人間の値打が大きく生長するのも、自分でいろいろ工夫して働いてこそです。
働く者は自分の値打ちを増すのです。
働かない者は自分の値打を損しているのです。
学校の先生は問題を生徒にさせます。
私達は自分の値打ちを伸ばすために、学校へお金を払って先生のさせる仕事を働きに行くのです。
そう思うと、会社や工場でお金をもらいながら働いている人は、なんて幸福な人でしょう。
お金をもらいながら、自分の値打ちを伸ばすのですもの。

(つづく)




今日は、お天気も悪く、相変わらず寒いですが、子どもたちは元気に学校へ行きました。
きっと、たくさん勉強してきてくれるでしょう。

部室板 >>935 うのはなさまの投稿

>どんな時も「学びの時」だと考える

 優秀な看護師は、仕事を始めて何年にたとうと、「私は毎日、何かを学んでいます」と
言うものです。私はこれまでの誰よりも、世界中のさまざまな病院を見てきましたが(私の若い頃には、
あなたがたのようにものを学ぶ機会はなかったのです)、もう一度歩きまわれるくらい体力が戻るものなら、
また一からすべてを経験したいと思います。聖トーマス病院に来て、あなたがたのりっぱな総師長のもとで一年間の
訓練を受けましょう(規則を守ることにかけて私の右に出る者はないと、総師長は認めてくださるはずです)。

 過去の経験があるゆえに、実り多い学びの日々になることでしょう。
私は人生の最後の時まで、毎日学びつづけていたいものだと思います。
「両脚切り落とされたあの男は、胴体をひきずり戦いつづけた」という歌があります。

 私もいつか、人を看護しながら学ぶことができなくなったとき、今度は看護される側になり、
この私の世話をする看護師たちを見て学びましょう。
 すべては経験になるのです。

『ナイチンゲール 心に効く言葉』 F.ナイチンゲール著 ハーパー保子 訳 <


この、ナイチンゲールの生き方も、今日の雅春先生の御言葉に通じるものがあると思いました。
他人を、周りを、どうしようとか考えるのではなく、ひたすら「自分自身を磨く」。
そうすることが、結局は、周りによい影響を与えることになるのではないかと思いました。

1022トキ:2012/02/06(月) 16:56:51 ID:xQ8phuq.
 なかなか深淵なご文章だと思いました。いわゆる、横の法則と縦の法則の見地で行けば
以上のご文章は横の法則=心の法則として解釈すべきだと思います。が、あえて縦の法則
として解釈してみます。

 つまり、人間=神の子という見地から考えると、どんな現象が現れても、最後は「神」
に帰一しますから、悩む必要もないのであります。
 晩年の聖徳太子の心境であると言われる「世間虚借、唯仏是真」
(世間は空しい仮の姿でしかなく、本当にあるのは仏だけである、という意味。)に近い
かもしれませんが、谷口雅春先生は、世間は空しいと言われていないのが素晴らしいと
思います。

 つまり、この世界は現象の世界だが、現象の人間界にいる間は、それはそれとして、
明るく生きなさい、とご指導をされているのです。

 そう考えると、元気が出ます。

1023SAKURA:2012/02/06(月) 20:07:56 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
>1022 ありがとうございました…。

>つまり、人間=神の子という見地から考えると、どんな現象が現れても、最後は「神」
に帰一しますから、悩む必要もないのであります。<

現象世界の中で…【実相…】を見る…。
正直…「箱作り(事務所)」を神地一体で実現しましたのはいいのですが…
新たなる「問題…」が……???
これも“現象…”と思っていますが…
中々〜〜〜〜“難しい問題”−−>執着しない様に、いま新たに訓練していますが?
ウフフ!!ウフフ!!

>トキ様 楽しんでいらっしゃるとの事なのです〜〜ネ!
私もこの現象世界…楽しんで“明るく生きる…”との御指導をされていらっしゃるとの事…教えて頂きましたので…
頑張って〜♫〜潜在意識を常に“ポジティブ感”にもって行けますように…
【神想観=瞑想=イメ−ジトレ−ニング】トライ!!します…。
 
ありがとうございます…。                再合掌

1024ももんが:2012/02/07(火) 07:14:29 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日は、雨降りで寒いですが元気、明るく、楽しく、朗らかに、感謝、感謝で、参りましょう!ありがとうございます!感謝合掌、拝。

〜正法眼蔵・仏性〜

『時節若至』といふは、『すでに時節いたれり、なにの疑著すべきところあらん』となり。疑著時節さもあらばあれ、還元仏性来《我れに仏性を還し来れ》なり。


〜以下つづく


《私的意訳》

『仏性が現れてる』と言うことは、すでに仏性が現れた状態(時節)にあると言うことである。何も疑う心など起こらないはずであるもし『仏性が現れてない』と疑う心があるなら、私のところ、仏性を還しに来なさい。


『仏性が現れる』とは、『実相が現れる』と捉えても良いのでは、ないかと、私は、思いました。間違えてるかも知れませんが、今日も、大変、難しかったです。

本日は、雨降りです。足下をきおつけて、お出掛け下さい。本日もありがとうございます。感謝合掌、拝。

1025a hope:2012/02/07(火) 09:48:01 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

重い仕事をするほど力がつく


力の要らない軽い物を持ち扱っても、それほど自分の力はつきません。
世界第一の立派な筋肉を持っていたというアメリカのサンドウという人は、
四、五十キログラムという鉄亜鈴(てつあれい)を毎日振り廻す体操をしたから、
そんなに世界一に筋肉が立派になったのだといいます。

私達の心の働きも、力の要らない、苦しくない境遇におかれたり、
難しくない仕事をしたのでは、それほど立派に偉くなりません。
鉄は火の中でいじめられ、鉄の槌(つち)で打たれたものだけが、
正宗のような良い刀になるのです。

ですから皆さん、もし人から苦しい立場におかれたり、難しい仕事をさせられたり、
いじめられたりしたときには、「月謝も払わないのに、いろいろ問題を出していただいて、
こんなにありがたいことはない。これで私の力がつくのだ、これで人間の値打が出るのだ、
こんなけっこうなことはない」と思うことにしましょうね。
そうしますと、辛いと思っていたことが楽になり、苦しいと思っていた仕事が喜びになってきます。

(つづく)


みなさま おはようございます。
今、わたしの住むところは、すごい雨です。
今日は、出かける用事があるので、朝起きてこの雨を見て少し憂鬱になりました。
でも、>>1024のももんがさまの投稿を読んで、さらに、今日のわたしの「人生読本」の筆写をしているうちに、
どんどん元気になってきました。

どこかの板で、うのはなさまが谷口美恵子先生の「神さまからのいただきもの」を筆写して下さっていますが、
たしか、「雨もありがたい」という文章があったと思います。
どんな困難も、自分の体と心を鍛えるために、神さまが与えて下さったありがたい“いただきもの”なのですね。

でも、人生、生きていると、どうしても耐えられない苦痛だってあると思うのです。
そんなときはこころから願えば、必ず、天使が助けてくれるのだそうですよ。
天使とは、神さまからの光、愛のエネルギーをわたしたちに届けてくれ、道を示してくれる使者のことですからね。
今朝の「甘露の法雨」の読誦は、そんな天使の存在を、より鮮明に感じることができました。


聖経「甘露の法雨」人間より抜粋

吾は『真理』なり、
『真理』より遣わせたる天の使いなり。
『真理』より照りかがやく『光』なり、
迷いを照破する『光』なり。
吾は『道』なり、
わが言葉を行うものは道にそむかず。
吾は生命なり、
吾に汲む者は病まず死せず。
吾は救いなり、
吾に頼む者はことごとくこれを摂取して実相の国土に住せしむ。
天使かくの如く説き給えば...

ほんとうに「生長の家の教え」は素晴らしいですね!

1026a hope:2012/02/07(火) 11:38:11 ID:kcv2QXTk

訂正
谷口美恵子先生 → 谷口恵美子先生

御名前を間違えまして、大変失礼いたしました。

1027ハマナス:2012/02/07(火) 12:18:44 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま、ありがとうございます。

私も、毎日谷口雅春先生雅春先生のテープを聞いていますが、昨夜寝る前に
聞きました、「如意自在の生活法 第2巻」から引用させて頂きます。
テープは第1巻から4巻迄ですが、今は、CDのみ販売されているようです。
このテープは、『如意自在の生活365章』のご本に沿ってのご講話です。

『如意自在の生活365章』はしがきよりの抜粋

「人間に真に自由と解放とを与え得るものは、もう物資方面の知識ではなく、
人間が「真理」を知ることである。
 その真理を三百六十五日の「毎日の言葉」として提供せんとするものが、
此の人間に真の幸福を知らせるこの365章シリーズである。このシリーズは
人間知によって書かれたものではないのである。このシリーズのうち、この
『如意自在の生活365章』は、恐らく365章ものの最後のもっとも圧巻とも
称すべきものであり・・・」

「本書の全巻は、生きてピチピチ現にはねている”真理“の書だということが出来、
読者のたましいに真理が直接伝わると思う。わたし自身が本書出版のため校正を
しながら、自分でその真理の表現に感動し、読みながら、今や八十五歳に垂(なんな)
んとするわたしが、自分で書いた本に感動して若返った感じがするのである。
特にその第一章には深い真理が書いてあり、それに続く各章には、実際に処する場合の
心の法則が詳細に説明されているのである。老いも若きも、本書を読むことによって
無量寿の人間生命無限力の自覚を、新たに生まれ変わった自覚を得ることになるので
あろうと信ずる。」

つづく

1028ハマナス:2012/02/07(火) 12:20:32 ID:u5mC.eb2

つづき

『如意自在の生活365章』p.47ページより
     「神の愛と生命と智慧を豊かに受ける祈り」

「宇宙のすべてのものを創造(つく)り給い、わが生みのみ親にまします神よ。
あなたの全存在をわれに流れ入らしめ給いて、あなたがわたしでありますように、
わたしがあなたでありますように。

あなたの愛を、われに流れ入らしめ給いて、あなたの平等の愛がわたしの愛で
ありますように。

あなたの完全なる生命をわれに流れ入らしめ給いて、あなたの完全なる生命が
わたしの生命でありますように。
わたしの生命があなたの完全なる生命でありますように。

あなたの無限の供給をわれに流れいらしめ給いて、わたしの生活にあなたの
豊かなる生活が実現いたしますように。

あなたの無限に美しく完全なる清き悦びをわれに流れ入らしめ給いて
わたくしの生活にあなたの美しく完全なる清き悦びが実現しますように。

あなたの完全なる智慧をわれに流れ入れしめ給いてあなたの完全なる智慧の眼を
もってあなたの創造り給いしこの世界を、あなたの創造り給いしそのままの完全なる
相(すがた)において見ることを得せしめ給え。

 われ今、完全なる神の智慧の眼をもって宇宙の一切のものを観ずるに、すべてのもの
完全に調和し、いと妙(たえ)に、美しく、軌道なくして衝突するものなく、おのおの
のもの自由にしてところを得て争うものなし。
ああ神は偉大なるかな。神のみ業(わざ)はいと尊く、いと美しきかな、われ今、神みも業をたたえ、大いなる神に感謝の言葉を捧げます。ありがとうございます。」

 このように実相の妙なる光景を祈ることによって言葉の創造力によって、今まで
破壊されたエーテル体の裂傷がしだに回復することになるのである。

1029SAKURA:2012/02/07(火) 20:32:05 ID:txgr3N66
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く365章】
■富める貧者と、貧しき富者

 常に天使の美に目覚めている者は、天国浄土に住むものである。
 庭の雑草1本にも、小さき虫の鳴く声にも、白雲の行き交いにも、
 美を見出すものは富者である。
 貨幣は使い切れぬほどであれどもその使い道を知らず、
 ただその分量の多からんことを願っている者は、唯の蒐集家にすぎない。
 吾々は蟻のように蓄えるばかりになってしまってはならないのである。
 味わうことは本当に受けることである。
 如何に多くのものがあっても味わうことをしらないものは
 本当に受けることを知らないのであるから、貧しき者と云わなければならない。
 財は乏しくとも、凡ゆる事物に存在する美を、
 その意義を、その宜しきをしみじみと味あうことの
 出来る者は既に富めるものである。
                          (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そうです〜〜ネ!
全てのものに“感謝”する…。
“環境”にこだわらずに…その“環境の美”を見出す事!!
全て“心”で決まるようにも?思えますが……
今日!事務所に行く途中…また「尾行…」が ><
昨日から“見方”が変わり、私の“心”はもう〜すべて“神”に振り向け様と!
決めた瞬間!!!“心が自由”になりました…。

昨日、「トキ様の言葉」から…
「現象世界」に住んでるので、楽しんで生きること…
これを見まして、私なりに解釈!!今!「現象世界」なので…
すべて“体”が動く?“体”を動かせる?…
でも「霊界」は、「御霊様」でしょ〜〜〜☆ “体”はなく軽いものでしょうか…?
「現象」では、全て“体”の実感がある【心=肉体】ですョ〜〜ネ!

そうしますと…“歩く事”も楽しいと思えます…の???
今!今!〜〜〜〜〜〜〜今!
生かすのが〜〜〜〜【人間…】と思い…
今日の私は…【森羅万象…】のようにも思えました…。

                               再合掌

PS: トキ様へ…どの様に解釈されますかしら〜〜〜ン??


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