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生長の家政治連合と「今の教え」を考える
412
:
山ちゃん1952
:2011/08/28(日) 09:28:54 ID:VYuJjPQo
更に57年12月教団にとって不幸な事件が紀南田辺市に起こった。
それは早川崇代議士が若くして急逝されたことである。この機逸すべからずと、田中派渡辺等
の政治家が代議士選に立候補の運動を始めた。
塩川元大臣は最終的に玉置氏を据えて円満解決すべきだろうと、新春1月15日に私に語っておら
れたのである。
玉置和郎氏は参院議員会長の席を希望されていたが事、志と異なり成功せず。参院の将来の地位
に見切りをつけ故郷和歌山第二区の衆院選へと密かに決意された。
そして58年1月、策を練りまづ6月参院選地方区へ転出出馬を声明、生政連は同氏
の強い要請があったのであろう。早計にも1月下旬 公認を決定し和歌山県の御講習会
で副総裁(清超先生)は全信徒の前でこれを発表されたのである。
和歌山地方区には故世耕代議士の令息、近畿大学総長の世耕政隆氏が既に二期地方区
議員として君臨しておられる。
ここに玉置氏は生政連公認の旗を揚げ挑戦したわけで、政界、マスコミは全て驚愕、
一大ニュ−スとして全国に流れた。
平和を愛し、大調和を根本教理とする生長の家が如何なる事情があったにせよ、地元
信徒、又地元幹部の意向と打診することなく、又自民党幹部との協議も行わず、唯玉置氏
の要請に応じたことは、政界事情を知らぬ不見識な処置なりと大いに批判したいのである。
(後略)
この文章はまだまだ続きます、内部人物の名前も出てきます。さぞ無念の思いがあり
痛恨極めれリという思いだと推測します。
あとで様々な言い訳が書面に載りましたが処置の方法や総括としての文章など残っていません。
私達信徒は有耶無耶にする体制が嫌で仕方がなかった。
後の文章でこの委員長は「日本を守る国民会議」やその他方々の信義に背くことを
記入されておられます。
教勢が何故伸びないかも、どうやらこうした隠蔽体質にあるように思います。生長の家生政連
を語るとなるとどうしてもこうした情勢を語らなければなりません。
私は前回にも書きましたが、こうした批判を逸らす為に個人の責任に流れを持っていきました。
それは決して組織の為によくないと思います。
また悪ければそれを止めて新しく行動すればいいと思いますが、何ら総括もせず検証も
行わず、他方に批判を求めるのは「行ってはいけない行為」です。
百万運動もしかりです。批判すればそれでよいでは発展しません。
今回の文章はあまり書きたくなかったのですが、読まれた人は真摯に受け止めて
今後の活動に生かして頂きたい。
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