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生長の家政治連合と「今の教え」を考える

1774ぼるぼ:2012/11/14(水) 20:37:57 ID:kfp48.JY
>>1332自己レス
NHKのニュースで森光子が死んだことを知りました。
女優という厳しい孤独な人生を全うして、国民栄誉賞という最高の名誉を得て静かに他界した。
苦しい時代に生き、生死をさ迷う病も乗り越えて、明るい表情を絶やさず、国民に娯楽を与える裏方仕事を完全に果たしたと思う。

本人が建てたお墓にも、本人の遺骨が納められるであろうから、これからは霊園散歩の度に線香をあげたい。

読売新聞記事:

森光子さん死去、92歳…放浪記・時間ですよ

2012年11月14日(水)19時27分配信 読売新聞

 上演2000回を超える舞台「放浪記」や人気テレビドラマ「時間ですよ」などで国民に広く親しまれ、文化勲章、国民栄誉賞を受けた女優の森(もり)光子(みつこ)(本名・村上(むらかみ)美津(みつ))さんが10日午後6時37分、肺炎による心不全のため、東京都内の病院で亡くなった。

 92歳だった。告別式は近親者で済ませた。

 京都市生まれ。いとこは当時の映画スターの嵐寛寿郎。京都府立第一高等女学校を中退して、1935年、15歳で寛寿郎プロに入社して時代劇映画に出演、芸能界にデビューした。京都の撮影所を拠点に映画出演を重ねた後、21歳で歌手を目指し、戦時中は中国などで歌の慰問活動を行った。

 戦後は、喜劇の舞台やテレビへの出演などを経て、58年に東宝の重役で劇作家の菊田一夫の目に留まり、東京に拠点を移して舞台女優の道を歩んだ。61年、41歳にして初めての主演舞台で、生涯の当たり役となる「放浪記」(菊田一夫脚本・演出)を東京・芸術座で初演。芸術祭文部大臣賞などを受けて才能が開花した。明るい性格と庶民的な感覚が同居するキャラクターで、人気女優の座を固めた。

 その後も商業演劇の舞台で女性の心の移ろいを丹念に演じて支持を受ける一方、テレビドラマ「時間ですよ」(TBS系)、ワイドショー「3時のあなた」(フジ系)の司会などを務め、国民的な人気を博した。舞台ではほかに「雪まろげ」「おもろい女」などで高く評価された。一方、「放浪記」は再演を重ね、2009年5月9日の89歳の誕生日には東京・帝国劇場で上演2000回を達成。同29日の千秋楽まで通算2017回を数えた。

 05年に文化勲章、09年7月に国民栄誉賞を受賞。10年1月には滝沢秀明さんと共演の舞台「新春 人生革命」(帝国劇場)に出演したが、同年2月、健康上の理由から5〜6月に東京で上演予定だった「放浪記」の中止を発表。世間に衝撃を与え、舞台から退いた。

 その後もテレビ番組に出演したり、長年のファンであるジャニーズ事務所の若手アイドル公演を観劇して健在ぶりを示したが、10年秋以降、体調不良が続き、入退院を繰り返した。食べ物がのどを通らなくなり、11年に入ると東京の順天堂病院に入院して、点滴による栄養補給などを続けてきた。12年2月には誤嚥性肺炎で発熱、4月に入って胃ろうの手術を受け、栄養注入を続けてきたが衰弱が進み、静かに息を引き取った。


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