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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
829
:
義春
:2011/07/23(土) 11:59:46
>>827
初心者さま
前のご文面の事は本気で考えているので、一寸、お待ちください。私も気持ち分かるから、考えたい。
で、葵新吾氏の文章は読んでません。
読む価値がない、眼が痛くなるんです。
ですが、彼の今までの事で思う事を書いてみます。
これはロジックではなく人間心理の問題です。ロジックな程、整理された感情ではありません。こんなんは得意ですw
…即ち、人は自分の弱点を守る為に、逆に自分の弱点についての弁明に声を大きくする性質があります。私の体験談みたいなもんが良い例です。
で、彼は、こう言ってるんです。
彼等の真に言いたいのは…
(先ずは感情)俺等は、雅宣に自分達がやってきた事を邪魔をされたから辞めた、その辞めさせる原因を作った奴が憎い!…(此処から彼等の自分自身への弁明になる)俺等は公の為に、生きてきた、それを潰した雅宣にキレるのは全て公憤なんだ!
…てな感じですね。
まぁー…兵書には『城を攻めるを次善の策とし、心を攻めるを最善の策とする』とありますが、彼等は自分達の心を攻められたくない、だから、自分達を絶対無ビョウの神聖不可侵の神に…まぁー…ネットスラングだと『ネ申』になろうとするのです。
だから、アレはネ申様なんですよ。
この考えの基礎となるのは…宗教で一番避けないといけない、他者の絶対排除、選民思想、それがベースになってますね。
じゃないと構築不可能な心理状況です。
こんなんで良いですか?
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