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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1533役行者:2011/09/16(金) 20:26:23 ID:qDkbF.s.
 9月14日、15日の、雅宣先生のブログ文章(本欄が抱える問題について、フェイスブックへの招待)について、息つく暇もなく押し寄せる批判を余所に、所感を述べさせていただきます。

以下です。

 >雅宣先生のブログ 2011年9月14日  本欄が抱える問題について

 >私の本欄への“筆無精”は、だから健康状態によるよりも、別の理由による。実は最近、本欄のような形式の文章に制約と限界を感じるようになったのである。だから、この形式を今後ずっと続けていくべきか、あるいは別の形式のものに変えるべきかを迷っている。そこで今日は、本欄を愛顧してくださってきた読者諸賢のご意見を聞くためにキーボードを叩いている。<

 総裁先生御自ら、「形式に制約と限界がある」と、コメントされておられます。我々和解派に出来ることは・・・
 訊け管理人さまぁ〜(*^-^*)
 「ブログ」のフィードバックをお願いします!と総裁先生自ら、仰られています。ここは、訊け管理人様の出番とちゃいますかぁ〜(^_-)-☆
 ほかの方も、ドシドシ、フィードバックしましょう(笑)
 
 >それにしてもこの「ブログ」という日記的な表現形式は日々の現象を追っていくことが主になるから、どうしても限界があり、例えば沈思黙考した文章というのは書けない。そんな時間がないからである。 <
 
 こちらの文章から察するに、総裁先生は、たぶん、日々の現象を追っていく“小閑雑感”から変じて、「沈思黙考する御文章を綴る」ための、“ブログ”に替わる表現形式を模索、熟慮中と、ご心中をお察し申し上げる次第です。
 ここで、皆様におきましては、沈思黙考の御文章を掲載出来る環境と形式を、ドシドシ、フィードバックしましょう(笑)


 >『本欄の読者は、そんな事情などに関心がない場合がほとんどだから、自分の求めるレベルの文章がないと、不満を漏らすのである。中には、「生長の家総裁には一分のスキも許されない」と言わんばかりの厳しいご意見を述べる人もいる。現象に完全性を求めるのである』<


 ここで、この文章に対する、本流掲示板にて掲載されているコメントを一部、紹介します。

>・マサノブ教祖の説く教えが、“唯物的現象論”だからこそ批判されているのであります。<


 本流掲示版の皆様!!
 ここは、この初心者様の文章を読んでくださいますか?
 >>1527  です。一部、下記に紹介します。

>総裁先生は、ほんとうに「唯物思想」を説いておられるのですか。間違いないですか?
もしも、「唯物思想」を説いておられるとしたら、なにが問題なのでしょう。わかりますか、本流のみなさま?

 と初心者様が投げかけております。また、

>「唯物思想」を説くことに問題があるとするなら、それは、「唯物思想」が虚説だからではなく、それがすでに機能していない思想であることを問題にすべきなのですね。<


と、生きた化石の如く存在が、唯物論であると、述べてます。どうなんでしょうか?本流掲示板のみなさま!


次に、

>・『自分の求めるレベルの文章がないと、不満を漏らす』..のではなく、“雅春尊師の御教え”から逸脱しているから<不満>が出ているのであります。<

 との投稿がありました。
私はその通りと存じます。ただ、なぜに逸脱したか?、またどのように逸脱せしめたのか?
葛藤する必要はないのでしょうか?

 もっと深く、吟味黙考する必要はないのでしょうか?

 この辺に関しましては、当掲示板にて、いろいろと熟慮考察てしきた御文章がありますので、ご参考にしていただければと思います。
 それは、雅春先生をはじめ、先達の方々に対しての敬意と謙遜は必要ですが、こと真理に対しては、また真実に対しては、どこまでも貪欲でなければならないと存じます。
 最後に、総裁先生は、現段階においては、コトバの抑制について考察されてきたのではないでしょうか!?そして、これから、鎮められたコトバについて考察してゆくのではないかと、勝手に葛藤しておりますσ(^_^;
 また、最後に一言、総裁先生に完璧を求めるのは酷です。初代総裁は、果たして完璧だったのでしょうか?


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