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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1440トキ:2011/09/12(月) 15:40:18 ID:OYYPObRE
>>1438

元本部職員 様

 大先輩のご登場に感激をしております。イソベ・・・ではなくて、トキでございます。
若輩者ではございますが、よろしくご指導のほど、お願い申し上げます。

 戦前の軍隊の戯れ歌に「将校商売、下士(=下士官)道楽。兵隊ばかりが國のため」という
のがありました。
 この例えで行くと、専従職員は将校で「商売」、教区の幹部は下士官で「道楽」、信徒さんは
兵隊さんで「國のため」という事になります。で、専従職員は確かに「ビビって」おられます。
しかし、それは、職がからむから「ビビる」のであって、衷心からの忠誠ではありません。何か
あったら、一斉に逃亡するか反逆します。

 教区の幹部は「道楽」ですから、全然、ビビっておりません。だいたい、金を出して、世話も
しているのですから、青年会ならともかく、大人は本部に平伏する気持ちなど全然ありません。
いよいよ教団の方針に納得できない場合は、脱退します。

 信徒さんは、「國のため」ですから、今の方針が信仰のためにならない、と分かれば、すぐに
辞めてしまいます。

 これは、教団や総裁には残念でしょうが、「今の教え」は、権威と権力で押さえつけているだけ
で、心酔する人は少数です。ですから、何かあれが、すぐに地殻変動は起こるのであります。
 教団側もその点は心得る必要はあるでしょう。

 だいたい、あと30年もしたら、必ず「和解」は成立します。30年もしたら、争いの当事者は
みんな、亡くなるか、老衰で動けなくなります。そうなったら争う意味はなくなります。特に、
教団側で言えば「今の教え」は、総裁が亡くなれば、放棄されます。後は谷口雅春先生の教えに
戻すか、教団を解散させるか、のどちらかになってしまいます。だったら、今のうちに「和解」を
したほうがいいに決まっています。
 もし、今の段階での和解なら、「今の教え」は修正はされるものの、後世に部分的でも残ります。
が、このままだと、いづれは全面的な破棄と忘却という結論になります。総裁にとって、どちらが
得か、言うまでもありません。

 かといって、今の本流復活派が、信徒の信頼を得ているとは感じていません。その点も現役の
信徒として、はっきりと申し上げます。

 以上、簡単ですが、宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます


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