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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える

841復興G:2011/07/26(火) 16:30:19
──<村上和雄著『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』より(1)>──
プロローグ 東日本大震災が私たちに提示したもの

 あの日から、「何かが変わった」と感じている人は多いのではないでしょうか。

 2011年3月11日。私たちは未曾有の大地震、大津波、原発事故の同時発生という、世界の歴史の中でも稀な大惨事に見舞われました。
 その瞬間まで、誰もが当たり前のように享受していた「日常」が文字通り崩れ去ったのです。慣れ親しんだ風景が一変し、身近な人や物を失い、残ったのは瓦礫の山。21世紀の日本で、そんな世界が現実のものになるとは誰が想像したでしょう。
 大震災から1ヵ月が過ぎても、マグニチュード6クラスの余震が続き、多くの人が避難所暮らしを余儀なくされ、行方不明者の捜索もままならない。そして原発事故収束の見通しもまるで立たない。
 本書は、そんな状況の中で書き始めなければなりませんでした。
 果たして、今、こうして目の前に起こっている現実は何なのか。それに対して何ができるのか。ひとりの科学者として、そして人間として、何か言い表しがたい「大きな問い」を突きつけられているように感じました。
 科学者の本分で言うならば、現状を冷静にとらえ、データを分析し仮説をたて、さまざまなエビデンス(証拠)を集めて、正しい知見を出すことが仕事です。
 しかし、今回の大震災は、そういった人知の及ぶ範囲ではない、もっと根源的な答えを考えなさいと言われているような気がしてならないのです。
 それは、別の言い方をすれば「目に見えるものだけではなく、目に見えないものも含めて考えなさい」ということなのかもしれません。
───────────────
(つづく)


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