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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える

626初心者:2011/07/12(火) 10:10:56
緑の意思様

>やっぱり、現教団は、リスク社会における宗教団体が受けるべきリスクの選択を、間違えてるってことじゃないですかね…。

教団が間違えてくれたお陰で、問題の真の在り処を明らかにできるかもしれません。
教団が間違えてくれなければ、問題があることを知らずにやり過ごしていた可能性も
あるわけですから。
今の時代、人々に何が起きているのでしょうか。
「現象はない」で起きていることを無視して光明面だけを観ているとすれば、
見るべきものが見えてこなくなる可能性もあるかもしれません。

いま何が起きているのか。これを明らかにすることが、公案を解くひとつのカギに
なるような気がします。

>個人が正常なる意識の拡大を目指すための指導的役割を担うべきなのに、それは、なんとか星人に、任せちゃってるわけですかね、?

たしか惑星エササニから来たというバシャールは、地球人に向けて多くのメッセージを
残しました。
そのなかでもっとも有名なのが「ワクワクすることをしなさい」というメッセージでありました。
これを聞いて、ワクワクしながら生きることを選択した人たちがいたはずです。
でもそれは、ワクワクして生きることを自分自身に強制しただけであったように思います。
異星人のメッセージは、たしかに心地よくて、誰もが受け入れやすいものですが、
いかんせん、言葉に深みがありません。
どれもワンパターンで、最終的に人々は、決まりきった生き方を選択させられてしまった
だけのようでありました。

いってみれば、現総裁から発せられるメッセージもまた異星人バージョンのひとつである
のかもしれません。
現総裁は、救済を異星人に任せているのではなく、総裁自身がすでに異星人なのです。

>真の秩序に従った魂の自由のため霊的指導できるのが、宗教の役割と思ってましたが
そういう役割も、「リスク社会」においては崩壊してるんのですかね?

秩序それじたいが崩壊した。それが「リスク社会」の真の姿であるのかもしれません。
したがうべき秩序や規範がないために、人々は、自分の生き方をすべて自分で決めな
くてはならないという強迫観念にしばられているようです。

人間は、秩序のなかに身を置くことによってしか、自分が何者であるのかを
決めることができないのかもしれません。会社にいるときは肩書があって、それが自分
であると、たいていの人は納得しているはずです。定年退職して、秩序から離れると同時に
肩書きも消え、自分がどこの何者であるのかがわからなくなる人がいるといいます。

かつての時代であれば、自分が何者であるかは、世の中がすべて決めてくれていたに
違いありません。どこそこの村の権兵衛ということさえわかっていれば、それだけで、
自分で何も決めずとも安心して生きていられた時代であったようです。

今は、自分のことはすべて自分が決めなくてはならない時代のように思えます。
それでも、会社にいれば、会社という組織が、自分の代わりに決めてくれます。
組織を離れて個人になったとき、人は自分のことは自分で決めなければならない
という現実に直面させられます。

この掲示板で、「内部と外部」というテーマで、こうした問題について書いたことが
あります。教団という組織をひとたび離れると、自分が神の子であるということを
自分で言い続けなくてはならなくなるのです。

今という時代は、真の秩序にもとづいた霊的指導者不在の時代です。
秩序が崩壊した今だからこそ、異星人に出番がまわってきたともいえそうです。
強制された自由のなかで、人々は秩序を探し求めているのかもしれませんが、
たよるべき秩序は、もはやどこにもありません。


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