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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える
1906
:
初心者
:2012/07/03(火) 12:54:24 ID:TfQ0e6RA
訊け様
この「見えている宇宙」はすべてが過去の映像であり記録であると
いうことは、訊け様も納得しておられることと存じます。では、今この
瞬間の宇宙については、訊け様はいかがお考えなのでしょう。それは、
「見えている宇宙」によく似た宇宙であるとお考えなのでしょうか。
「見えている宇宙」とおなじように、星や銀河があって、それは今この
瞬間にはけっして見ることはできないけれども、「今の宇宙」は、「見えて
いる宇宙」とよく似た姿で、今この瞬間に存在しているとお考えなので
しょうか。
以上のような「今の宇宙観」を訊け様がお持ちであると仮定して質問いたし
ます。生長の家では「現象世界は心の影」と説きますね。この「心の影」と
いわれる宇宙とは、この「見えている宇宙」のことをいっているのでしょう
か、それとも、見えてはいないけれどもどこかにあるはずの「見えている
宇宙」とよく似た「今の宇宙」のことをいっているのでしょうか。どちらが
心の影なのでしょうか。
「見えている宇宙」が心の影であるとすれば、心の影である「見えている
宇宙」とよく似た「今の宇宙」とはなんなのでしょう。それが心の影でないと
すれば、「今の宇宙」とはいったいなんなのでしょう。それはなぜ、心の影と
してつくられた「見えている宇宙」とよく似た姿をしていなければならない
のでしょうか。
あるいはまた、「今の宇宙」が心の影であるとすれば、見えてもいない宇宙を
どのようにして心の影としてつくりだすことができているのでしょうか。どう
やれば、けっして見ることもふれることもできないものを心の影としてつくり出す
ことができるのでしょうか。それを「心の影」と呼べるのはなぜなのでしょうか。
以上の質問は、本物の宇宙を「生長の家の文脈」で理解していただくための
問いかけです。お答えいただければとおもいます。
「見えている宇宙」が心の影で、「今の宇宙」は心の影でないとすれば、「今の
宇宙」が「見えている宇宙」と似ている必要はないものと考えます。わたしが
いう「本物の宇宙」とは、「見えている宇宙」とはまったく似ていない宇宙の
ことです。「心の影」というのはわたしの用語ではありませんが、「生長の家の
文脈で」ということなので、あえて使うことにいたしました。
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