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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える
1517
:
八咫烏
:2012/03/17(土) 16:13:41 ID:4II9ac7k
お返事いただき有難うございます。
私は、ここ30年弱くらい、ほとんど信仰生活から離れて、生活に埋没していた状態です。
心の底では、生長の家の信徒という気持ちはありましたが、信仰をまじめに実践する意欲が失せて、怠け心のままに、全く一般人と同じく現象のみを見て生活しておりましたが、三年前に父が他界したことをきっかけに、聖経を読誦するようになり、信仰心が再燃して、再び聖典を読み耽るようになりました。父が亡くなる前に熱心に聖経聖典を読んでいたこともあり、その父の影響で、信仰にもどることができたのかもしれません。
そんな時に、大学時代の友人が、手紙をくれ、現教団の現状を教えてくれました。まさかそんな状況になっているとは思わず、今まで信仰を怠けていた時にも、心の底ではなんとなく生長の家教団が変わらずにあって、いざというときには自分を導いてもらえるというなんとなく頼りになる母船のような存在として意識していましたので、それがもはや駄目になっているとはまさに想定外のことでした。
しかし、生長の家は神の運動であるのに、何故こんなふうに衰退するのだろうと、疑問がわき、住吉大神はいったいどこにいかれたのかと、不信の念が湧くのですが、谷口先生のご文章を読むと、やはり生長の家が間違っているはずはないと思い直し、だったら、この現状の意味は何なのだろうと考えずにはおれません。
龍宮住吉本宮ができたというのに、この現状があるのは、そこに何らかの意味があるはずだと思うのですが、私は教団の組織的なことは全くよくわからないので、これほどの自壊作用が必要な程だったのかとも思いますし、又私のような怠け信徒が多すぎたことによる自壊作用だろうかなど、様々に思い迷っています。
普及誌というのは、A4サイズになってからのものですよね。かなり前に別の友人がくれたことがありますが、その時は興味がなくて、読まなかったのですが、そのまま本棚にずっとおいてあります。まだ読んでいませんが、見てみます。教化部は何処にあるかよく知らないのです。今の県に引っ越してから、30年くらい全く組織とは縁がなくなってしまって、昔の青年会時代の友人と、ときたま話すくらいでしたが、その友人たちとの話では組織の話は、愚痴程度の話だったので、此処まで変わっているとは思わなかったのですが、手紙をくれた友人は、学生の時の付き合いで、非常に深刻な感じで手紙をくれましたので、初めて分かりました。
今の生長の家が、なんのためにあるのか、それが知りたく思います。
谷口雅春先生の生長の家が、あれほど、日本国の実相顕現のために出現した教えであると言われていたのに、あれは何だったのだとしか思えません。
龍宮住吉本宮は何のためにできたのかと思います。
それとも、この現状を克服して、生長の家が何かよほどすごいものに変革されるのでしょうか。
トキ様、志恩様、なにか予感めいたものでもおありならば、お聞かせ願いたいと思います。
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