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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える
1342
:
うのはな
:2011/12/08(木) 14:24:12 ID:iM0b0bt6
わしはうらしまに行くからな 佐藤圭吾(北海道 58歳 団体役員)
「あのな、わしは、亀にのって、うらしまに行くからな」臨終間近の枕元に呼ばれ、
こう告げられた私は、まだ五歳だったので、もう一つそれがなんなのか理解が出来ていなかった。
祖父はその時八十歳。明治元年、岐阜県で生まれ育って、明治三十二年、妻と二歳の子をつれて、
旧石狩国、花畔の地に入植し、開拓の汗を流した。その後、わけあって、大正二年、上川郡和寒に移住し、
さまざまの苦労を重ね、住まいも士別、そして旭川へと移動していた。
家族は、花畔時代に、女五人、和寒時代に男一人、と増え、当時、北海道開拓の人達が味わった苦楽は、
一通り味わったようである。
そして、昭和二十二年、それまでまったく弱ったそぶりもみせる事なく元気にしていた祖父が死の床についたのでした。
それでも、わずか一週間程でした。しかもそのうち初めの三日は、自分でトイレにいって用をすます事ができ、すべてひとのお世話に
なったのは四日間だけだったようです。そうなって、子供や孫が呼び集められたのでした。
その中から特に私が名指しで枕元につれていかれ、そして冒頭の言葉がでたのでした。
どうも、少し意識がどうかなっていたのでしょうか、「龍宮」というところが「うらしま」と
なってしまったらしい。でもそれが、よく聞かせてくれた昔話の「浦島太郎」である事はわかった。
つづいて「おまえに言っておくことがある。あんまり妹をいじめるなよ。いじめると母さんがキモやけるだろ。
母さんがキモやけたらおまえを怒るだろ。怒られたら今度はおまえがキモやけるから、だから、妹をいじめるなよ」
このように、懇々と言い渡し「それじゃ、わしは亀にのってうらしまに行くからな。さいなら」と言われて、
私もついつられて、「さいなら」と言ってしまって、まわりに集っているみんなに「まだはやい」としかられたものでした。
その時、部屋の中には、お葬式の飾りが飾られていました。なんでも、祖父は、せっかくの飾りも、死んでからでは見る事ができない。
だから目のみえる今のうちに飾って欲しいとのことだったらしく、本当に心から喜んでいるようでした。
そして、まさに文字通り眠るがごとくこの世を去っていきました。またこの祖父には、和歌を詠む趣味があって、
素人の余技ながら、七十七歳喜寿のお祝いに、「今日の日に七十七祝うこそうれしけれ八十路の旅は、神のまにまに」と皆に披露していました。
その通り八十歳を天寿として、生まれ変わりを心から信じながら、安らかに逝きました。
『うらやましい死にかた』 五木寛之 編 文藝春秋刊
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