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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える
1311
:
うのはな
:2011/11/19(土) 06:32:17 ID:iM0b0bt6
永遠の価値につながる道
宗教をやるのは、諸君でも同じことでありますけれども、永遠の価値というものを
求めるからであります。物質の富は、いくら集めておいても結局はくだけるものであります。
百億万円の富を積んでおいても、死ぬときには持ってゆけないから、永遠の価値のものではないのであります。
ある期間のものに過ぎません。そうすると、本当に永遠の価値というものは、どこにあるかというと、
神のみが永遠の実在であるから、永遠の実在とつながるほかに道はない。
それには神の御心を吾々自身の生活に成就しなければならない。
成就するという字は成る(就る)という字であります。
神の御心の「鳴り」ひびきをわが生活に実現するときに、はじめて吾々は、神がここに実現していると言うことができるのであります。
自分の生活に於いて、神なる永遠価値が、そこに実現していることーこれが宗教生活であります。
宗教といえば、福徳を貰うために拝むのだと思っている人があるが、そんなのが宗教ではない。
永遠の生命がこの自分を通して実現する道を示すのが、宗教であります。
「日に日に生きるのが宗教である」と『智慧の言葉』には書かれておりますが、私たちの生活の日々に、
永遠の生命が、「今」即「久遠」の生命を、そこに生きることが宗教であります。
『人間そのものの発見とその自覚』 谷口雅春 先生著
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