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新・生長の家大論争掲示板1

932雅宣氏の恐るべき実態!:2012/03/02(金) 17:25:38

>:元職員:2012/03/02(金) 12:48:46 ID:???


 話の流れの中で、思い出したことを書き留めておきたいと思います。
慶応大学の名前が出ましたので・・・国内の幹部の方はあまりご存知ないかもしれませんが
宮澤潔先生は慶応大学卒業の方です。

 
先ほど書きました事実のころに副総裁はアメリカに講演旅行に行きましたが、そのことがきっかけになり、大きな問題がおこりました。
宮澤潔先生は当時北米出版局長をされて、すでに10年以上活躍されていまして英語版「生長の家」誌の編集責任者となっておられました。

 雅宣氏の講演はね英語の原稿を読み上げる形の講演であったそうですが、それを英語版「生長の家」誌に載せるように雅宣氏は一方的に
指示した事に対して、雅春先生のご文章を第一に編集に当たってきた責任者としてただちにそれを受け入れませんでした。理由は次の通りでした。

①雅宣副総裁の講演原稿は1つの論文であって、雑誌に連載して載せるには不適当であること。

②むしろ、講演原稿は一冊にまとめて出版することが適当であり、そのほうが読者に説得力があること。
という事であったようです。(しかし実際にその英語は不備な点が多く雑誌のクオリティも落ちる可能性もあったと聞きました)
これを聞いた雅宣副総裁は激怒。国際部長に「あの宮澤を排除しろ」と指示。国際部長はこれを何とか良き方向にも穏便に収めるために宮澤氏と相談の上
宮澤潔はオーストラリアの新天地で代表者として赴任する事に決定。総裁であられた清超先生は特別に<宮澤氏に特命本部講師の称号を与えられました。
 
それからというもの、宮澤潔先生はご家族で一から道場建設に取り組まれ、牧場の管理小屋を基点にしながら自給自足の体制作りと自然の中での練成を目指して
木を植え、池を堀り、何も無かった牧場を小鳥達の集まる森へと変えていかれたのです。それを現地の人達は大いに感激して協力者が次々に集まり、道場として練成会
を開催するまでになりました。しかも宮澤氏は足りない土地をご自分の私財を使って購入され、道場はいよいよ理想郷へと姿を変えていきました。

しかし・・・ある日、雅宣氏から突然、福岡ゆには道場の所属講師として(役職なし)帰国を命じられるという事になりました。すると現地オーストラリアの幹部達は
本部の命令のあまりにも一方的な事に激怒。幹事会を開き、本部と包括関係を切ることを全員一致で決議。オーストラリア生長の家はこのようにして独立宣言を現地法律に基づいて
行ったのです。ここから日本本部とオーストラリア生長の家の裁判が延々と続き、5億以上の浄財が日本本部によって弁護士関連費用として使われたのでした。

 この裁判のあり様を心配し和解を主張したのが谷口貴康氏でしたが、その和解を主張したことにより雅宣氏より宮澤氏を弁護しているとみなされて、責任役員を降ろされたのです。
これが、一般信徒のしらない知らされていない本部職員にも知らされなかった事実です。


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