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新・生長の家大論争掲示板1

5812名無しさん:2015/11/07(土) 20:07:14
③ ここまで考えてくると、宗教と信仰に関しての根本的な問題に突き当たるのであります。それは、昔から言われている「宗教はアヘンである」、「狂信的信仰」という言葉であります。この言葉を逆利用して「本流復活を推進するということは、開祖・谷口雅春先生原理主義者であり、それこそ時代錯誤の狂信的信仰ではないか、宗教・信仰といえども理性的判断が必要で『生命の實相』も理性をもって読まなければ行動判断を誤ることになる」と逆襲してくる「マサノブ教」信徒の人もあると思われるのであります。

『真理』というものは恒久不変なものであります。恒久不変であるからこそ『真理』というのであります。その『真理』と言う絶対実在を絶対認識された覚者が書かれた書籍を読むときは、自分の価値判断の基準を出さずに、海綿が水を吸う如き素直な心境で読まなければ『真理』は自分のものとはならないのであります。言葉を代えれば、實相の自分が現象の自分を無にして實相の真理に相対するわけでありまして、これを以って「狂信的信仰」と評するは誤りであって、一知半解の評論的な真の求道心無き人たちの言にしか過ぎないのであります。實相の自分の正しい求道心での信仰ならば「宗教はアヘン」という現象的危険性はないのであります。



④ むしろ、『狂乱総裁・マサノブ』君に導かれてそれを是としている現「マサノブ教」の信徒さんこそ、言行不一致・悪霊憑依の『マサノブ狂乱総裁』に誑かされ、洗脳されていないかを自省していただかねばならないのであります。



⑤ そこで、重要な問題が生じてくるのであります。ジュンコ白鳩総は「聖典・経典類は、理性を以って読まねばならない」と月刊誌に載せました。しかし、その文章の中で一言も『理性』とは何ぞや?の解説はなかったのであります。マサノブ君もよく『理性』という言葉を使いますが、彼もその言葉の解説はしていないのであります。この二人の使う『理性』とは、「科学的合理性」、「科学的証明」のことを言っていると思います。しかし、『理性』とは『叡智』だと思うのであります。では『叡智』はどこから出てくるのか?それは『生命の實相』をそのままの心で素直に読むということであります。言葉を代えれば現象の自分を無にして、實相の自分が實相の真理を海綿が水を吸うが如く読むことであります。そうすると『叡智』というものを把握できるのであります。



⑥  だから、神の叡智で書かれてある『生命の實相』と人間知で書かれた一般図書(マサノブ君の著作を含む)の読書優先順位に関しては、『生命の實相』が最優先であります。『生命の實相』で思想や思索の基礎作りをしてからその他の一般著作物を読むのが順序であると思うのであります。これを逆に致しますと『真理』の把握には大回りの道を歩むことになると思うのであります。


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