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新・生長の家大論争掲示板1

551名無しさん:2011/12/18(日) 21:26:24
「日本教文社」が、今回の“和解勧告”を受け入れたことの意味は、限りなく重たいものがあります。

つまり、「著作権がはっきりと確定するまでは重版しない」という取り決めを交わしたことは、裁判に勝訴しないかぎり、もはや「日本教文社」が重版できる可能性、余地はないということを意味するからです。

最高裁の判決が出るまでは、著作権は確定していないのだから、重版しても「違法」ではない、とした教団の言い分は、これで通用しないこととなりました。

それでは、1月31日の高裁判決に「原宿教団」は勝訴できるのでしょうか?
「原宿教団」ですら、勝てる見込みは殆どないと思っているようですから、教団敗訴は確定的と言っていいでしょう。

上告しても、最高裁では門前払いになるのではないでしょうか?

こう考えると、今回の“和解勧告”を受け入れたことによって、「原宿教団」は『生命の實相』も「聖経」も発刊できない教団になったことがほぼ確定したと考えていいのではないかと思います。

『生命の實相』も「聖経」もなくてどうするのでしょうか?

谷口雅宣先生の性格、そしてこれまでの言動からして、『生命の實相』も「聖経」もなくても構わない、『小閑雑感』と『日々の祈り』でいこうと腹を括っているのではないかと思います。

それが証拠に、教区の中には、既に、『小閑雑感』勉強会とかその輪読会というようなものがどんどん増えてきているではありませんか!

機を見るに敏で、目が上にしかついていない、それで知られる、ある理事先生の教区機関紙を見ていたら、『生命の實相』を読んでもピンとこなかったが、『小閑雑感』を読んで感動した、というような記事を掲載していましたからね。

「森のオフィス」を総本山とし、『小閑雑感』を経典の柱とする「谷口雅宣教」の“立教宣言”を目の当たりにする日も近いのかもしれません。

「谷口雅宣教」でいきますか、それとも「谷口雅春教」でいきますか?

究極の選択の幕が切って落とされる!
その始まりの日、それが平成24年1月31日である!



しかし生長の家のことである、何かまた起きて判決がでないことも無いとは言えない。

1月31日に本当に判決がでるのか、その前に社会事業団で何か起きて判決は無効になる可能性も皆無ではない。

生長の家の大神が何かを見せてくれることに期待する。


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