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新・生長の家大論争掲示板1

5472名無しさん:2014/08/13(水) 13:28:11
大きな肩書がつくと本人の気負いもあったのでしょうし周りの態度も急変したこともあ
ったのでしょう。これは私にも経験がありますから人の事は言えたものではないかもしれ
ません。仕事とオフの切り替えが器用にできる人ではなかったので意思疎通は困難となり
どんどんと距離が開いていきました。いくつかの事件がありこれ以上同じ現場にいると「憎
しみ」まで湧いてくる恐れがしたので父と相談して長崎の職場に移動させてもらいました。
やっとその人を憎まなくてもすむと安堵して仕事は順調に成果を上げつつありました。し
かし、それからその人とは何一つ言葉を交わせないまま。一年少し経ったある日突然、後
ろから突き飛ばすようにその人は部下を使って私をさらに左遷しようとしました。父はそ
れに反対でしたが時間がないと無視されました。これは辞めろと言う事だとすぐに覚りま
したので争そう事をせずに依願退職という形できれいに職場を去りました。普段は中心帰
一と言っている人が総裁を無視して強引に裁決してしまう組織にはもはや何も望みは亡く
なりました。


 幸か不幸か、私から肩書がすべて消えてただの田舎者となりました。


それから9年。つくづくこの肩書というものに人が左右されるものだと思い知りました。
肩書が消えた途端態度を豹変させ離れていく人が多くいました。しかしその反面、それと
は別に昔と変わらず一人の人間として交流してくれる人、真実の友や兄を発見することが
出来ました。これはありがたい事でした。


 それからというもの、私は肩書というものが「いずれ消えていく幻」に過ぎない不確か
なものだと悟ることが出来ました。人を観るときにその人の人格の輝きを見て判断するよ
うになりました。人前で肩書を頼りに語るけれども、それを実生活で実行していない人を
見ると今は哀れを感じます。いつか必ず勝手に自分で着けた○○などという傲慢なメッキ
は剥がれ落ちます。


「人間は神の子」なのはあくまでも言葉の上だけのこと 現実は「人間は肩書きの子」なのである。

肩書きの高低によって付き合う人間が変わるのがこの世の宿命。


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