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新・生長の家大論争掲示板1

5437名無しさん:2014/07/25(金) 14:12:18
谷口雅宣総裁の本質は、自分が気に入らないとなると、途端に左遷させる…そういうところにあります。

これは、最近、新たにわかった事実であります。

「(株)光明思想社」の白水社長は、「日本教文社」の第二編集部次長の職にありました。

白水社長の肝いりで発刊されたのが蔡焜燦先生の『台湾人と日本精神』であり、また『私の日本憲法論』の編纂にも大きく寄与し、それは「編者はしがき」にその名が掲載されていることからもわかります。

当然、谷口雅宣総裁がこれを気に入るはずがありません。

白水社長は、谷口雅宣総裁の工作によって、営業部課長へと左遷降格となります。

つまり、本の編集から体よく外されたわけです。

その期間、何と7年。

そして、7年が経過したとき、突然、「世界聖典普及協会」への出向が発令されます。

この余りの理不尽な辞令に(それというのも「内規」に出向規定がなかったからです!)、白水社長は敢然として戦い、この辞令を反故にすることに成功します。

しかし、「日本教文社」は、これにまた腹をたてて、白水社長を、フォークリフトで本を運ぶ業務へと更なる左遷人事を行います。

今回、新たにわかったのは、なぜ、急に「内規」にもない出向辞令が突然、降りたのかということであります。

白水社長も、これまで知らなかった驚愕の新事実とは?

「日本教文社」の社員から、白水社長がまだ教文社にいると知った谷口雅宣総裁のこの一言でありました。

「アレッ、まだいたの?」

これを聞いて、早速、「日本教文社」の幹部が動いたというわけです。

白水社長を教文社においておくことは、谷口雅宣総裁の意に反している、だから追い出せ、というわけです。

これを見ても、如何に、教文社が、谷口雅宣総裁の顔色ばかりをうかがう会社に成り果てていたかが、わかります。

谷口雅宣総裁の独裁の前に、みんな畏怖、恐縮するばかりであったのです。

でも、今から思えば、そういう経緯があったからこそ、白水社長は「日本教文社」に見切りをつけ、新たに「(株)光明思想社」を立ち上げたわけで、改めて、人生、何が幸いするかわからない、誠にも無駄なものは一つもないのだ、ということを実感いたします。

「(株)光明思想社」の生みの親、育ての親は、まさしく谷口雅宣総裁であります。

谷口雅宣総裁、心から感謝申し上げます!

ありがとうございます!




光明思想社も起こすべくして起きたような会社であるが、宗教に関わらないと存続できない点では

日本教文社も光明思想社も大差は無い。なんにしても世代交代では権力闘争や派閥抗争はつきものだ。

宗教法人も会社組織と大差は無い。

宗教理念がいかに美辞麗句でも中身はどろどろした抗争に明け暮れている。

雅宣がどこまでも左へ進むなら白水氏はどこまでも右へ進むべきだろう。


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