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新・生長の家大論争掲示板1
5078
:
名無しさん
:2014/01/30(木) 09:43:51
毎月一回森のオフィス敷地内で、『大自然讃歌』を役職員が読誦することに決定している。
目的は、“自然即我”“我即自然”の自覚を深めるためである。
ところで、通常、宗教儀式にはその中心となるべき場所あるいは対象が必要であると考え、
“木の祠”(ほこら)を設置する事とした。
そして、祠を置く祭壇は、もともとあったものを基礎とし、周囲の石や岩を移動させて壇状に並べた。
そこならば、ある程度の数の人間が立って儀式をすることができると考えた。
祠の中には神札を収めた。
神礼は、「天之御中主神」の神名を自分で書いたものである。
この祠を一種の“接点”として、人間が大自然との交流を図る契機にするためだ。・・
と、雅宣氏はこのように仰っているようです。
“生長の家”とは名ばかりの、異様な宗教になってきたと思われてなりません。
雅宣は教団を破壊させようとあの手のこの手とやってるにも関わらず その意図を読まず
宗教法人生長の家を名乗ればありがたがる白鳩および既存会員の方が異様である。
谷口雅春の孫で、生長の家を名乗ればご本尊が変わっても他のまともな宗派へ行くよりは
マシだとあきらめているのだろう。独裁体制とマインドコントロールは民主化された時代に生きているにも
関わらず思った以上に堅固なものだと実感する。
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