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新・生長の家大論争掲示板1
5008
:
名無しさん
:2013/11/23(土) 17:13:32
要人の暗殺事件が相次ぐチュニジア
2010年の末から始まった、アラブの春の発端となったチュニジアでは、民主化のイメージとはほど遠く、2013年に入っても、要人の暗殺事件が相次ぎました。
その厳しい現実を取材しました。
地中海に面した北アフリカのチュニジア。
国土面積は、北海道のおよそ2倍で、人口は1,000万人余り。
首都チュニスの中心部は、一見平穏に見える。
しかし、中心部の大通り、ブルギバ通りでは、鉄条網が敷かれていた。
中心部の広場に、座り込みをしたり、デモをしたりするということで、それを禁止するために、政府が鉄条網を敷いている。
市内の一角では、市民らによる集会が開かれていた。
集会参加者は「国が駄目になっている。わたしたちのチュニジアはもうここにはない」、「与党支持者はぜいたくに暮らせるが、そのほかは飢えて貧しい」などと話した。
民主化運動で、23年にわたる独裁政権が倒れた後、与党となり、政権を握ったのは、穏健派とされるイスラム政党。
しかし、この新政府は、治安や失業率の悪化、物価上昇、政府・与党の腐敗などを改善できず、国民の不満は高まった。
こうした中、2013年2月、さらに混乱を広げる事件が起きた。
デモ参加者は「犯罪者! ファシスト! 殺人犯」と話した。
それは、与党批判の先頭に立っていた最大野党の党首の暗殺。
葬儀は、暗殺への抗議デモと変わり、市民の不満と相まって、一部では暴動に発展した。
政府・与党への批判は高まったが、7月に、もう1人の野党指導者が暗殺される事態になった。
朝、自宅を出たところ、バイクで近づいた2人組から銃撃され死亡、待ち伏せされていたという。
立て続けに2人の暗殺が起きているが、今も50人の暗殺リストがあるといわれている。
現政権に、批判したり、あるいは対立したり、政治家だけではなく、ジャーナリストも含まれているという。
暗殺リストに名前が載っているというジエド・エルヘニ氏は、新聞社の解説委員で、テレビのコメンテーターもこなすジャーナリスト。
自身が暗殺リストに載っていると、当局から告げられたという。
暗殺を行っているのは誰なのか。
ジエド・エルヘニ氏は「現在、ある証拠によると、実行犯はサラフィスト組織だと考えられています」と話した。
サラフィストとは、急進的なイスラム保守主義者たち。
その中でも、最も暴力的とされる集団が、アンサールシャリーア。
政府は、野党指導者の暗殺を、アンサールシャリーアの犯行と断定した。
しかし、ジエド氏は「今の政府は、テロリストを助長したばかりか、関与していると思います」と話した。
政府は今、各所に武装した治安部隊を配置し、テロの防止と抑え込みに動いている。
しかし一方で、「アンサールシャリーアと、イスラム政党である与党の一部には関係がある」との見方もある。
アンサールシャリーアの指導者は「チュニジアはイスラムの地。近くイスラムによって統治される地となるだろう」と語った。
アンサールシャリーアは、かつては政治犯として投獄されていたが、アラブの春によって釈放された、イスラム主義者が母体になったといわれている。
組織は、失業問題など、社会不満を吸収し、勢力を拡大。
メンバーは10万人ともいわれ、いまや、政府・与党も抑え込みに苦慮する勢力になっている。
さらに、野党指導者を暗殺した実行犯の拘束もできておらず、その批判の矛先も、政府・与党へと向かった。
圧政からの解放を目指した民主化運動。
チュニジアのアラブの春は、人々が望む成果を結実できるのだろうか
かつて雅宣が絶賛したアラブの春は自由とはほど遠い政変に過ぎなかったようである。
欧米的な自由はアラブには無理なこと
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