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新・生長の家大論争掲示板1
4962
:
名無しさん
:2013/10/24(木) 09:50:17
真の人間は金剛不壊身である
*「光明道中記(その身まったし)」より
十月ニ十四日 本当に明るくなる日
【本当の明るさは常に真理と、愛と、智慧とから来るのである。(『生命の實相』第八巻)】
「物質無し、肉体無し、心も無し、ただ妙有のみあり」
―― 此の「無し」と「有る」とを明瞭に裁断したところに生長の家の新しき真空妙有の
説き方があり、それが驚くべき奇蹟をあらわし、
キリストの言ったところの「吾れを信ぜずとも、わが業(わざ)を信ぜよ」と
言った如き業績が続々あらわれるようになったのである。
「真空」とは《現象が真空であり》、真無なのであって、
妙有が真空なのでもなく、真空が妙有なのでもない。
《現象が真空であり》、《実在が妙有なのである》。
妙有とは捉えどころのないエーテルの如き、風の如き、煙の如き頼りなき存在の意ではない。
妙有は妙なる具体的金剛不壊の存在である。
「妙有の人間」は清浄無垢健康そのものの具体的実在人間である。
妙有の人間は《肉体病むと見ゆるときにも、今だ嘗て病みしことなく》、
《又これからも病むことなき真人間(リーアル・マン)である》。
それは五官に触れ得ない故に非有(あるでもない)、非空(ないでもない)などと
古い仏教では形容したのであろうが、後世人をして人間の真実性を補足するに
くるしませる結果となったのである。
「人間は仏性である、仏性こそ人間である」と
云うが如き表現法(いいかた)でも尚(なお)足りない。
「真の人間」は仏性と云うような抽象的存在でもない、
具体的な仏身であり、金剛不壊身である。
<感謝合掌 平成25年10月24日 頓首再拝>
しかし今では
「現代の生物学は、人間と他の動物との間に本質的な差をほとんど認めなくなっている。これは、プラトンの昔から、また聖書の『創世記』にある天地創造の物語の時代から、西洋諸国の文化に根づいていた「人間は神の似姿をした特別な存在」という考え方が、今や崩壊しつつあることを示している。」
(『神を演じる前に』谷口雅宣著・生長の家刊32頁)
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