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新・生長の家大論争掲示板1

4565名無しさん:2013/06/07(金) 09:06:51
「強い国」つまり安全保障があって、はじめて「やさしい社会」安心を得られるのだと思うのです。

しかし、戦後思想は、その「強さ」を求めることを生理的に忌避してきました?

「羮に懲りて膾を吹く」のたとえ通り、それは「国家主義」であって、戦前の「軍国主義」につながるものだというわけです。

その象徴が、今日の「無防備憲法」であります。

しかし、現実は、無防備でいられるわけがない、それを補完したのが言うまでもなく「日米安保」であります。

つまり、これがある限り、アメリカには楯突けない構造が最初から組み込まれていたのです。

有り体に言えば、日本が国家として自立しえないようにされている。

そういう中で、戦後の「平和ボケ」が醸成されてきたと私は思っております。

この長い間の「平和ボケ」が、生長の家の「和解」の教えまでも変質せしめてしまったのではないのか、というのが私の理解なのです。

とにかく、「争う」ことを忌み嫌う!

「揉め事はイヤ」と生理的に拒否する!

「批判」というのは、一つの問題提起なのに、それをしも「悪口」としか捉えない!

何でも「ハイ」と唯々諾々と従うことを「善」だと思い込む!

で、それに疑問を抱くと、疑問に思う自分の方に問題があると思い込んでしまう!

何とも評しようのない、この内向きの論理。

この悪弊が、今の「八ヶ岳教団」に横溢している!

だから、少しも自浄能力が働かない!

権力者にとっては、これほど扱い易いものはないでしょうね?

だから、権力者の思うがままに何でも通ってしまう!

そのなれの果てが、今回の「ご神像」撤去に象徴的にあらわれたのだと私は捉えています。




安心が得られる宗教というのは模範ではあるが 安心しすぎる教えなのはおかしい

宗派には厳しい鍛錬が求められるものもある。 本を読んで言葉で安心を得る

安心が得られるから何もしないですべてを受け入れるのはおかしい。疑問を持つことも必要だ。

「美辞麗句だけで有言不実行な人間ばかり生産されていた」というのが今の生長の家信徒たちである。

何もしない何も考えない 教区に従って人を講習会に誘えばいい という幹部しかいないのである。

これではまさしく人間性喪失の宗教法人の奴隷だろう。生長の家とて人間の組織である 総裁は神様あつかい

されてるが神様ではなくエゴをもった人間であることを忘却してはいけない。まちがった判断ばかり下し

信徒を捨て 財産だけ自分の懐に入れたいだけなのである。 悪質な守銭奴だ!!


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