① 上記三つの投稿文で解ることは、「初心者」なる人物は、霊的真理の分野については完全に理解する能力に欠けているということである。その反面、小理屈や大理屈にだけは長けているといえるのである。この点に関しては雅宣(自称)総裁と全く同じであり、だから「初心者=雅宣(自称)総裁」と言われても仕方がないことであるし、実際にそうなのである。
② 「初心者」は言う。< わたしは『生命の実相』では真理を知ることはできないと考え、教えを手放したのであります。>と。『生命の實相』の教えを手放したのであれば、なぜこの様な掲示板にわざわざ出てきて難解な言葉を使って、開祖・谷口雅春先生が説かれた『御教え』を批判する必要がどこにあるのであろうか? 「初心者」=「雅宣(自称)総裁」なればこそ故である。
③ 「初心者=雅宣(自称)総裁」は、< 形ある實相世界はない >と主張する。この主張は彼の立場に立てば当然であろう。なぜなれば、「初心者=雅宣(自称)総裁」は、五官の世界といわれる現象世界・肉体と物質の世界から一躍超入して(「無の関門」を透過して)實相世界(実在世界)に入り、實相覚で以ってそのありさまを実際に見た霊的体験がないからなのである。体験のないものにとっては、実際の体験を持つ人の語ることを信ずることは大変難しいことである。開祖・谷口雅春先生は御自身のこの霊的体験にもとずいて實相世界(実在世界)のありさまを説かれているのである。