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新・生長の家大論争掲示板1

4486名無しさん:2013/05/18(土) 23:55:40
よくよく考えると無理もないことだと思うのであります。その“無理もない”ことを列挙して改めてその具体的項目を眺めて見ますと、なるほど普通の人間の常識からみれば、上記の様な真っ当な信徒さんの総裁批判の言葉は“無理もない”ことだと考えざるを得ないと思われるのであります。次に列挙します。


① 急激な教勢低下現象の中にあっても、雅宣氏は三代目という最高責任者でありながら、その責任を何ら感じていないように見える。民間会社の社長なら会社業績が赤字転落しその状況回復の見とうしが立たないときには責任を感じ、社長交代を考えるのが普通。しかし、「雅宣」という人はこの様な常識が通じない精神状態であるとしか思えない。(この点、理事参議という最高幹部役員も同じ心的状態にある。)

② 彼は、講習会で、壇上から講話をしていて、午後の部が始まった時に弁当だけを食べに来て帰った人が非常に多いことに気がついているはずである。最後まで受講した人は、30〜40%位しかいないということがよく分かっているはずである。なぜ大勢が途中でゾロゾロと帰っていくのであろうか? 普通の常識人ならば、自分の講話内容に魅力がないためだと自己反省するのであるが、「雅宣」という人は全然自己反省していないように見うけられるのである。

③ 彼は、一日9時間以上ものパソコンお宅といわれていることも自分で十分に認識しているはずである。「掲示板」の投稿記事を通じて、自分の“言行不一致”を激しく追及されていることも知っているはずである。お通夜の“暴言”、陰湿な人事管理、「大調和の神示」を説きながら、兄弟を一方的に追放したことなど、さらに「法燈継承劇」を自作自演して“ニセの法燈継承者”と自称していることなどが信徒たちに知れ渡っていることを知りながら、恥かしげもなく“総裁”と自称し、宗教家であると自負し、堂々と平気で文章を書き殊勝な講話をしている。


普通の社会常識で許される範囲をはるかに超えたこのような非常識なことをしつづけて、少しも自責の念を持っていないように見えるのであります。まさに、「雅宣」という人は、宗教家としては落第点しか取れない人物であります。





教団は谷口雅宣を生かし まじめな信徒を放棄する道を選んだ 教団幹部の目的は多額の報酬 退職金のみである。

それを受け取る日まで総裁へ絶対忠誠で一切小言も助言も反論もしない。

もともと初代 二代と総裁の権限が強い教団ではしっかりとした幹部は育つことはなく

少数なが反論する者たちは追放されイエスマンだらけの組織となった。 しかも会員も

穏やかな知識人風が多く 素行が良いのが生長の家信徒の特徴である。

しかも会員の9割は婦人なので 愛国や天皇を表に出さなくても抵抗は少なかった。

今では生長の家はお気楽主義の養老院にすぎない。 まじめな信徒は減り 

うれしい 楽しい ははのは〜と お花畑と化している。


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