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新・生長の家大論争掲示板1

4474名無しさん:2013/05/16(木) 11:33:44
④ 一番の矛盾点は、雅宣殿のいう「自然との調和した共生の生活」とは、< 今の生活水準そのままで、> ということなのです。なるほど、自分たちだけは確かにCO2を出さない生活だと自慢できますが、“今までの生活水準”をそのまま維持しようとするならば、雅宣流にいえば、人間至上主義で現代の産業社会で自然を破壊して生産された生産物を購入して豊かに生活するということなのですよね。なんだか矛盾していますよね。「森のオフィス」に居てセレブの生活暮らしをする雅宣殿を始め200人内外の限られた人たちだけが、全国の信徒さんの寄付金に依存して< 人間と自然が調和したモデル社会を実現するんだ > といわれてもなんだか合点が行きにくいものを感じるのが普通じゃないでしょうか? この生き方を広めていくんだといっても実現できるのは一部の大金持ちのセレブ資産家だけとなり、全世界に普及していくなんて「そのような世迷いごとなんて、いい加減にして欲しい」と、全世界の社会各層から批難の嵐が巻き起こることになるでしょうね。要するに、完全な他者依存型の空想物語、諺で言えば「他人の褌で相撲を取る」・「他人には手を汚させて、自分の手は汚れていないと言い繕う」と言えるのであります。


⑤ しかしながら、どうしても雅宣殿が「自然と調和したところの、他から一切奪わない生活」を純粋に宗教家としてそのモデルを構築したいのであれば、完全自給自足の生活方式を採ってそのモデルを造り上げるしかありません。換言すれば、自らが自分で倒木を集めて石の斧でそれを切り家を起て、お米や野菜を作る、海へ入ってワカメや昆布を採ってくる、そして森の動物達と戯れて遊び自然を満喫する、完全な「原始生活」の実践です。このようにして、現代社会の一般人の物質崇拝の価値観を実際に転換できるか、そのお手本を見せていただければならないと思います。雅宣殿の考えの甘いところは、“現在の生活レベル”をそのまま維持しようとする点にあります。この部分において理想は立派ですが、説得力が急減するわけです。説得力を取り戻すためには、< 言行一致 > 他人にも手を汚させない、自分も手を汚さないようにしなければならないのではないでしょうか? この誰もが感じる矛盾点については特に説明する責任が雅宣殿にはあると思うのであります。


⑥ それよりも大切なことは、< このまま行くと50年後には取り返しのつかないことになるよ > という部分であります。実際問題としては50年後に大変なことになるのは、日本の場合に限っていえば、現下の共産中国の強大な軍備拡張問題と他国領土の強奪問題であります。日本全国民が確乎たる領土保持の信念をもって国論を統一して当たらねば50年後には尖閣・対馬・沖縄は完全に侵奪されてしまいます。そうすれば、日本国民は現在の生活レベルは保つことはできない状態になっていることは明らかであります。雅宣殿が環境改善解決を訴える相手は、生長の家信徒ではなく共産中国政府に対してであります。この点を間違ってもらっては困るのであります。鎌倉時代の元寇(蒙古襲来)の時には、執権・時宗以下の九州に馳せ参じた全国武士の戦いの背後で、日蓮始め全宗教指導者は国難克服のために鎮護国家の祈りに徹した行動を取ったのでした。時代は下って、平成の元寇、共産中国の強欲な領土拡張と侵奪には、実際の国防力強化と共に、全宗教家の鎮護国家の祈りと行動が必要な時でありますぞ! 雅宣殿!!





もはや雅宣の死以外に止める手段はなさそうだ 行き着くとこまで行くしかない。

このような状況に今だに何の動きもできない宇治が不憫である せめて宇治が独立できれば

あとはどうにでもなるだろう。宇治だけが生長の家における霊場なのである。責任放棄は霊界への冒涜だ


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