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新・生長の家大論争掲示板1

4455名無しさん:2013/05/13(月) 09:44:57
「谷口雅春先生を学ぶ会」は教団の“批判”ばかりするから嫌だ、という声をよく聞きます。

この“ばかり”というのが曲者なんですね。

よく、子供の相談で、「一日中、ゲームばかりして」と零す親御さんがいます。

で、伺うんです。

24時間、本当にゲームばかりしているんですか?寝ているときはないんですか?

そう聞き返すと、途端に口ごもってしまわれます。

そうなんです、自分の嫌に思うものが、どうしても目立ってしまう。

その思いが、“ばかり”と言わせてしまうのです。

「谷口雅春先生を学ぶ」誌をご覧いただいたら分かりますが、教団を「批判」している頁なんて全64頁中、ほんの数頁ほどですよ(「著作権裁判」とか「鎮護国家外し」等の問題が特集された場合はこの限りではありませんが)。

それでも、「批判ばかりして」というのは、教団のことを“批判”されるのがたまらなく嫌だと思っているからなのです。

こちらは、ただ、教団の問題点、谷口雅宣総裁の思想性の問題点を論じているだけなのに、それを「批判」とか「悪口」と受けとる…。

それは、聞きたくないという心理が働いていればこそ…。

どうしてでしょうね。

そうです、結局、教団批判が、まるで自分を批判されているかのように感じるからなんです。

それほど、教団と自分とが一体化してしまっている…?





褒める事などそんなに無いのに愛護賛嘆やら そんなに感謝することもないのに感謝感謝と嘘八百の方もキモチが悪い

「偽善宗教ありがとう教団」と言われるのも一理ある。 人間は自然体が一番だ

嘘ばかりの賛嘆では北朝鮮である。

「批判されるのは批判されることばかりしてる」からだ。される方も責任がある。

くだらん宗教の常識の前に世間の感覚を取り戻すべきである。


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