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新・生長の家大論争掲示板1

4414名無しさん:2013/05/01(水) 12:07:29
今年、「全国大会」を開催することによって、信仰の喜び、感動、どちらにそれを実感されますか、それを肌で感じていただきたいと思ったわけです。

つまり、私どもが目指してきたのは、今の教団を徹底して相対化するということでありました。

選択肢がないがために、シブシブ教団にしがみつくしかないという残念な状況に悔しい思いをしてきたからです。

おかしいと思いつつ、喜びがわかないと嘆きつつ、しかし他にいくところもないし、仕方ない、しょうがない…。

信徒の皆さんの、こういう声を聞かされることほど辛くて悔しいことはありませんでした。

それを谷口雅宣総裁のせいにするのは簡単です。

しかし、谷口雅宣総裁がそれに耳を傾けてくれるような人でないことは、もうはっきりとしているわけです。

だったら、話しは谷口雅宣総裁を責めるだけではすまない。

そういう選択肢のない中で、希望の見えない中で悶々としている信徒の皆さまに、何とか希望の火を提供させていただく、それであってはじめて谷口雅春先生の本当の弟子と言えるのではないのか、そう思うのですね。

つまり、「谷口雅春先生を学ぶ会」はただ谷口雅宣総裁を責めるだけの組織ではいけない、信徒の皆さまの心の拠り所となる、そういう組織へと生長していかなければならないと思うのです。

そして、堂々と、現教団がいいですか、それとも「谷口雅春先生を学ぶ会」がいいですか…?




「雅宣教団がおかしいと伝え続ける意義は現信徒ではなく新しい信徒へのメッセージの意義」のが大きい

もはや訴え続けても辞めない者は辞めない たとえ「生長の家がどのように変貌しても教団を存続させることが

信仰」という形態になってしまったのである。 「学ぶ会のことも裁判ももはや教団では誰もが知ること」だ

しかし自分の信仰する教団の代表は深い考えがあって行ってると信じるようにしている。

辞めた者の雑音は聞かないのである。

本流から外れても雅宣は20年以上も壇上に立って講義してるわけで「継続は力なり」でもある。

行きつくとこまで行き壊し尽くすしかない。


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