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新・生長の家大論争掲示板1
4348
:
名無しさん
:2013/04/15(月) 08:14:39
>時代に応じた形で説く必要がある
とは、宗教的な用語を使うと、「時代即応」と言う意味でしょうが、
はたして、雅宣教の教えは「時代即応」と言えるのでしょうか?
そもそも「時代即応」とは、
その宗教が始まって長い年月が経ち、教祖の時代とは大きく異なり、従来の説き方ではその時代の民衆ができなくなったため、その時代に合った説き方をする事をさすのであります。
生長の家は、まだ立教80年そこそこであり、『生命の実相』をはじめとする、雅春先生の御著書を読んでも、現代の人々に十分その意味が理会でき、十分通用します。
ただ、『生命の実相』は戦前・戦中に書かれたものであるため、用例が古いだけです。
たとえ用例が古くても、その内容は現代人にも理会できる内容になっています。
雅宣氏は「時代に応じた形で説く必要がある」と言っていますが、その内容は「環境問題」だけであり、「時代に応じた形で説く必要がある」と言う口実をもうけて教義をすり替えているとしか言いようがありません。
また、雅宣教の根拠は、「時代即応」にしかなく、いくら「時代に応じた形で説く必要がある」と言い繕っても、雅春先生の教えを現代流に説いているわけではありません。
ここに、雅春教の非正統性が立証されるわけです。
現教団の方々にも、この事を一刻も早く目覚めてもらいたいものです。
時代即応ではなく 自分の時代になったから祖父の時代は合わないと勝手に解釈したものだろう
その証拠に時代に合ってるならもっと青年会が盛んになるはずが実態はどうだろうか。
あいも変わらず白鳩会の婆さんたちしか集まらない 青年も増えていかないので高齢化の一途ではないか。
企業と違って宗教は時代など関係はない。雅宣はオーナー企業としての見解しか持ち合わせないのである
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