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新・生長の家大論争掲示板1

4331名無しさん:2013/04/09(火) 18:11:36
教化部に「聖経」の在庫がないというと、その責任がまるで私どもの方にあるように言い募る方がいます。

教団から「聖経」を奪い取った…というわけですね。

よし、万が一、そうだとして、「聖経」が生長の家の教えにとって絶対に必要ならば、光明思想社から出されている「聖経」を使えばいいだけの話しなのです。

どこから出ていようが、「聖経」の価値に何ら変わりはない筈ですからね。

ところが、谷口雅宣総裁は、そうではないのです!

ここが一番、肝心なところですから、屋上屋を重ねるようなことになりますが、もう一度書かせていただきます。

「聖経」は「生老病死」を扱っていて、それは立教当初の「時代的要請」から書かれたものである。今の時代は「自然との調和」こそがテーマである。だからこそ、その今日的時代の要請を受けて新しい「経本」をつくる必要があった…。

有り体に言えば、「聖経」は古い。今の時代の要請には馴染まない。だから、「聖経」は“補強”されなければならないのだと谷口雅宣総裁はこう言っているわけです。

その意義を周知徹底せよ、という思惑から、先には、全国の教化部長の集まりにおいて、新しい「経本」の読誦を実施しているところは?と言って、教化部長に手を挙げさせたのです。

谷口雅宣総裁の目の前で、手を挙げさせる…。

そこで手を挙げなかった教化部長はどうなりますか…?

火を見るよりも明らかではありませんか!

「金」と「権力」と「人事権」とをもった絶対権力者の前で、それに抗うことなど出来よう筈がありません…?!

これによって、否が応でも、新しい「経本」の読誦が、全国の教化部で実修されるようになります、それは時間の問題なのです。

なぜ、そこまでして“強制”する必要があるのか?

実は、そのことこそが信仰上、とても重要な問題なのです。

そうです、谷口雅宣総裁は、必ずしも「聖経」を絶対に必要だとは思っていない、自分がつくった新しい「経本」をこそ読誦させていきたい、そう思っているということなのです。

よろしいですか、「聖経」はないのではないのです!

ある所にはあるのです!

あるのになぜ使わないか?

東京第一教区の教化部長のように、あちらの資金源になるから、というだけの理由ではないのです。

あちらは教団から「聖経」を奪い取ってヒドイひとたち!

だったら、新しい「経本」でやっていくしかないわね…?

そういう空気が全体を支配するまで、今は時間稼ぎをしようとしているに過ぎないのです。






本当に北朝鮮を相手にしてるのと大差なくなっているな。天皇を捨て 聖典も整経も捨てた教団は

すっかり独裁国家である。


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