したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

新・生長の家大論争掲示板1

4316名無しさん:2013/04/05(金) 09:02:34
組織運動とは4つの要素から成り立っていると言われます。

①組織

…生長の家はそもそも「誌友会」から始まりました。それがどんどん増えて拠点がうまれ、組織化されていったわけです。白鳩会・相愛会・青年会という三者組織が生長の家の運動を担ってきたわけですが、どうも谷口雅宣総裁は、その壁を取り払って一つにしようとしているようですね。極端な話し、「白鳩会」だけ残ればいいとでも思っているのかもしれません…。

②行事

…昔は、全国大会が最も大きな行事で、教区では講習会でした。練成会や見真会、或いは真理講演会などの行事があったからこそ、それによって信徒・誌友の行き来があり、同志的関係が結ばれていったわけです。その「行事」がどんどん減っています。二酸化炭素を出すからいけないというわけです。「行事」は魂を救うことを念願として開催されてきました。しかし、それよりかは「CO2削減」を優先するというのですから、何のための「教え」なのかと思ってしまいます。

③運動

…「行事」を成功させるべく参加促進を行ったり、或いは日常的には、『神誌』の愛行を行ったりしたわけです。谷口雅春先生は最初から「人類光明化運動」を標榜されたのですから、そういう運動を志向しないというのでは話しになりません。教団は「自然とともに伸びる運動」などと称していますが、運動が何もせず“自然”に伸びる筈がありません。そもそも「自然とともに伸びる」という表現がおかしいのです。運動は、まず「真理」があって、その「真理とともに伸びる」ものでなければならないと私は考えます。

④モチベーション

…運動を展開するには、何よりも「モチベーション」が求められます。なぜ、それをしなければならないのか?常に「使命感」を喚起させないといけないわけです。その一番の源は、そうです「感動」です。「感動」があって「行動」へと駆り立てていくのです。今の教団には、その「感動」がない、これが致命的だと私は見ています。

谷口雅宣総裁の講習会での講話を聞いても、或いは書いている文章を読んでも、「感動」がないでしょ…?

「信仰集団」でありながら、その教えに出会えた「喜び・感動」が些かも湧いてこない。

つまり、吹き上がるような〝信仰エネルギー〟が感じられないのです。

これでは、人を惹き付けることはできません。

信徒の高齢化が進んでいるから、壮年層を拡大しなければならないと、いくら力んでみても、そこに「感動」がないのでは如何ともしようがありません。

なぜ、「感動」がないのか?

「生老病死」を過去の問題として斥け、環境問題に特化してしまったからです!

「感動」とは「生老病死」という永遠のテーマに対する「救い」にしかない、それが悲しいかな谷口雅宣総裁には、全然、わかっていないのです。

だから、教団が、環境問題に特化した運動を志向する限り、そこに「感動」を呼び起こす機縁は生まれないし、その結果として、このままじり貧の道を辿るしかないと私は見ているのです。




生長の家はもはや最低最悪の状態である。崩壊しないのは莫大な資産のおかげだ

白鳩もお金が教団にあるおかげで激しい集金を迫られずのんびりとサークルができるから

所属してるのだ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板