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新・生長の家大論争掲示板1
4288
:
名無しさん
:2013/03/21(木) 08:00:17
悪くは言いたくないけど、清〇先生がつぶれる要因を作ったと思います。
結局中途半端な組織化がいけなかったのだと思います。
清超氏はある意味で傀儡総裁である 開祖が長生きしたので補佐時代が長かったこと
開祖が直接育てた部下が健在であり独自色を出せないなど苦労は多かったと思える
初代がほとんどの事業を完成させたので、改革はできず、開祖とゆかりある
幹部ら子息のコネ奉職に異を唱えることもままならない状態。
できたことは政治運動の停止であり これは自由民主党が明治憲法復活を拒否したために余儀なくされたとも言える
その政治運動の停止は相愛会の活動に影響を及ぼし 逆に白鳩会が教団の圧倒的多数を占めるようなり今日の婦人団体組織へ変貌した。
古参の幹部の相次ぐ他界やヤオハンの倒産以降は求心力は低下し雅宣総裁の独裁体制強化に好都合となっていった言える。
父親が教団トップにも関わらず何もできなったコンプレックスは総裁の現在の開祖拒絶へのなんらかの影響力はあろう。
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